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こんにちは。
 
俳句で名を残す人はたくさんいますが、その中でももっともよく知られ、多くの俳人に影響を与えた人といえばやはり松尾芭蕉でしょう。
 
 
「古池や・・・」とか
「五月雨を・・・」とか
「夏草や・・・」とか
いろいろ思い浮かびますね。
 
 
私は、「夏草や兵どもが夢の跡」のような、静かで寂びれた情景を詠んだ句が好きです。寂びの雰囲気に、じーーーーんとくるのです。
 
 
俳句は、もともと連歌(短歌)の発句の「5・7・5」だけを詠むものとして生まれました。
 
 
芭蕉の時代は、「俳句」ではなく「俳諧」と呼んでいたんですよ。(それを「俳句」と名付けたのは明治時代の正岡子規です)
 
 
今回は、俳聖と呼ばれる松尾芭蕉とその代表的な俳句について、お伝えします。

 

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松尾芭蕉の簡単プロフィール!

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松尾芭蕉は、江戸元禄期の俳人です。元禄時代は江戸幕府ができてから約80年ぐらい経った頃で、経済が発展し「江戸」が大都市になりつつあった時代です。
 
 
武士のサラリーマン化が進んだ時代でもありました。松尾芭蕉は中流階級(下級武士)の家に生まれます。
 
 
「芭蕉」の本名は、「松尾宗房(むねふさ)」といいました。
 
 
松尾芭蕉は、伊賀国(現在の三重県)で無足人と呼ばれた郷士の農家・松尾与左衛門の次男として生まれ、2歳年上の藤堂良忠に仕えました。
 
 
ところが、藤堂良忠は24歳の若さで急病で亡くなってしまったのです。芭蕉は藤堂良忠のことを主君として、また文学仲間としてとても敬愛していたので、その死に大きなショックを受けました。
 
 
そして、武士の身分を捨てて江戸へ出て武士や商人に俳句を教えながら、俳諧師として生きる道を選んだのです。
 
 
私はひっそりと物静かで寂しさの漂う芭蕉の俳句が、大好きです。
 
 
芭蕉の詳しいプロフィール・年表は⇒★こちらの記事です♪

 
 

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松尾芭蕉の春の俳句10個

 

ここからは、松尾芭蕉のよく知られた俳句をご紹介します。春夏秋冬10個ずつです。
 
 
門松や おもへば一夜 三十年
 
新しい年を迎えて、この30年を振り返ってみれば、まるで一夜の夢のようだ
 
 
行く春や 鳥啼き魚の 目は泪
 
春は過ぎ去ろうとしているが、それを惜しんで鳥は鳴き、魚は目に涙をたたえているかのようだ。
 
 
あらたふと 青葉若葉の 日の光
 
 
ああ、なんと尊いことだ。。この日光の新緑に明るい日の光を日差しを受けキラキラ輝いている。神様(東照大権現)に祝福されているようだ。
 
 
鶯や 柳のうしろ 藪の前
 
ウグイスが柳の後ろへ藪の前へと、あちこち飛び移って、しきりに鳴き交わしているなあ。
 
 
梅が香に のっと日の出る 山路かな
 
早春の山道を歩いていると、梅の香りにさそわれるかのように、太陽がのっという感じで顔を出したなあ。
 
 
しばらくは 花の上なる 月夜かな
 
満開の花だ。そして、その上に月が上った。しばらくは月下の花見ができそうだなあ。
 
 
おもしろや 今年の春も 旅の空
 
今年の春も旅の日々を過ごせそうだ。楽しそうだなあ。
 
 
数へ来ぬ 屋敷屋敷の 梅柳
 
あちこちの屋敷内の梅が咲き、糸柳が芽を吹いている。その数を数えながらゆっくりと歩く。
 
 
うかれける 人や初瀬の 山桜
 
桜の名所初瀬に花見に行ってみると、花に浮かれた人ばかりだった。
 
 
西行の 庵もあらん 花の庭
 
この広いお屋敷の庭には美しい桜の花が咲き誇っている。その見事な様はまるで吉野の山(桜の名所)の桜のようだ。この奥に西行の庵もあるのではなかろうか?(桜の好きな西行は吉野に庵を結んでいた、芭蕉は西行をリスペクトしてます)
 
 

 

松尾芭蕉の夏の俳句10個

 

 
有名な夏の俳句です。「奥の細道」からの出典が多いですよ。平泉、光堂など、奥州藤原氏の古の栄華を詠んだ寂びの句が胸にしみます。
 
 
夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡
 
 
かつて戦場だったこの地に来てみると、功名を競った兵士たち(義経や奥州藤原氏)の夢のあともなく、ただ夏草が茂っているばかりだなあ。
 
 
閑(しずけ)さや 岩にしみ入る 蝉の声
 
あたりは静かで、物音ひとつせず静まりかえっている。その中で蝉の声だけが岩にしみ入るように聞こえ、静寂さをいっそう際立たせている。
 
 
五月雨(さみだれ)を あつめて早し 最上川
 
五月雨を一つに集めたように、なんとまあ最上川の流れの早くすさまじいことだ。(五月雨は梅雨の雨のことですが、しとしとではなく、どちらかというと、ザーザー降る大雨のイメージです。)
 
 
五月雨の 降りのこしてや 光堂
 
毎年降る五月雨が、この堂だけは降らずに残したのだろうか。光堂という名のとおり、光り輝いている。
 
 
古池や 蛙(かわず)飛び込む 水の音
 
古池にとつぜん蛙が飛びこんだ。その水音が一瞬静けさを破ったが、またすぐもとの静けさに戻った。
 
 
雲の峰 いくつ崩れて 月の山
 
入道雲がいくつもいくつもできては崩れていく。そんな変わりやすい空の風景の中で月山だけが凛としてたたずんでいるなあ。
 
 
涼しさや ほの三日月の 羽黒山
 
ひんやりとした涼しい風だなあ。風が吹く羽黒山に三日月がかかっている。五月雨の時期の平地の暑さとはまるで異なる光景だ。
 
 
松風の 落葉か水の 音涼し
 
さらさらと涼しげな音がしているが、あれば「松風の音」だろうか、それとも「小川のせせらぎの音」だろうか。
 
 
夏草に 富貴を飾れ 蛇の衣
 
庵のまわりは夏草におおわれていて、蛇の抜け殻がたくさん見つかった。蛇の抜け殻といっても、立派なものだなあ。
 
 
蛍見や 船頭酔うて おぼつかな
 
近江(滋賀)の瀬田川に映る蛍の光の美しさはたとえようもないなあ。でも、船頭が酔って船が揺れるのはなんともおぼつかないぞ。

 
 

松尾芭蕉の秋の俳句10個

 

秋は、寂しさを感じる季節です。「秋深き~」の句には、その寂しさからの人恋しさが伝わりますね。
 
この俳句は、1694年9月28日に行われた句会に届けたものです。この日、芭蕉は体調が悪くて出席できませんでした。
 
 
その後、彼は10月12日に永眠しました。
 
だから、この俳句は芭蕉が起きて創作した最後の句なのです。芭蕉最高の秀句の1つといわれる俳句ですよ。
 
 
秋深き 隣は何を する人ぞ
 
秋が深まり、野山が寂しく感じられるようになると、人恋しくなり、隣人のことなどが気になってくるよ。
 
 
荒海や 佐渡によこたふ 天の河
 
日本海の荒波の向こうには佐渡ケ島がある。空を見上げると、その佐渡が島に向かって、天の川が白々と夜空に大きく横たわっている。
 
 
石山の 石より白し 秋の風
 
那谷寺の岩は石山寺の石よりも白くさらされている。その上を白い秋風が吹き渡っている。
 
 
菊の香(か)や 奈良には古き 仏たち
 
奈良の町には菊の香りが漂っているなあ。その香りの中に古い仏像たちがひっそりとたたずんでいる。
 
 
名月や 池をめぐりて 夜もすがら
 
空には名月があり、池に月影がうつっているなあ。その美しさに心を奪われて、池のまわりを歩きながらながめているうちに、つい一夜を過ごしてしまった。

 
 


 
 
秋風の 吹けども青し 栗の毬
 
秋風はすべてを紅色に染めていく風のことだ。すでに秋風が立って植物はみんな葉っぱを紅葉させているのに、栗のイガばかりが真っ青になっていておもしろいなあ。
 
 
朝茶飲む 僧静かなり 菊の花
 
寺の住職が庭に面して朝茶を飲んでいる。その視線の先には菊の花が。実に静寂で匂やかな雅の世界が繰り広げられているなあ。(堅田の祥瑞寺で詠んだ句)
 
 
俤(おもかげ)や 姨(うば)ひとり泣く 月の友
 
姥捨山に来てみると山の姿は趣深く月の光も美しい。その昔、この月をながめて泣いた姥の姿が浮かんできて、何ともいえぬ寂しい気持ちになるなあ。今はそのおもかげを偲んで月を友としよう。(この地に残る「姨捨伝説」を想って詠んだ句「更科紀行」より)
 
 
隠れ家や 月と菊とに 田三反
 
あなたの隠居所は隠れ家のようで素晴らしいなあ。まず、月が美しい。そして、菊がすばらしい。その上、田んぼが3反歩もあるのだからすごい。
 
 
この道を 行く人なしに 秋の暮
 
どこまでもどこまでも続く道。前を見ても後ろを見ても、その道に旅人の姿はない秋の夕暮れだなあ。

 
 

松尾芭蕉の冬の俳句10個

 

 
初雪や 水仙の葉の たわむまで
 
待ちに待った初雪が降ってきたよ。その雪の重みに耐えかねて水仙の葉が折れ曲がっている。
 
 
箱根こす 人もあるらし けさの雪
 
ここ名古屋でも雪が降って寒い。されば雪の箱根を難渋しながら越えている人もいるというのに、わたしは温かいもてなしを受けている。
 
 
葱白く 洗ひたてたる 寒さかな
 
泥を落として、水で洗ったばかりの根深葱の白い色を見ていると、いっそう寒さが身にしみてくることだ。
 
琵琶行の 夜や三味線の 音霰(あられ)
 
座頭の三味線の音を聞いていると、戸外のあられの音と和して、まるで白楽天の「琵琶行」の詩を思い出した。(大衆楽器の三味線と由緒ある古楽器の琵琶を対比させている)
 
 
月雪と のさばりけらし 年の暮
 
一年中、やれ「月見」だ「雪見」だと浮かれて過してきた。浮かれた一年の年の瀬だなあ。
 
 
なかなかに 心をかしき 臘月哉(しわすかな)
 
師走なので忙しいと思われるでしょうが、隠者の私にとってはなかなか風情のある季節なのですよ。
 
 
金屏の 松の古さよ 冬籠り
 
この家の主人は、老松の描かれた金屏風の前にゆったり座って冬を越すのだ。なんと心豊かなことだろう。  
 
 
いざ行かん 雪見にころぶ 所まで
 
さあ雪見の宴に出かけよう。雪に足を取られて転んでしまう所まで。
 
 
面白し 雪にやならん 冬の雨
  
外は雨が降っているがしんしんと冷えてきた。この様子ではきっと雪に変わるだろう。(芭蕉は雪が好きなようです。ワクワク感が伝わりますね。)
 
 
旅に病んで 夢は枯れ野を かけめぐる
 
の途中、病気でたおれて床にふしていても、夢の中では草木が枯れた冬の野をかけめぐっている。
 
 
最後は、この俳句以外にありえません。
 
 
この句を詠んだ4日後、芭蕉はこの世を去りました。九州へ行く途中、大阪の宿でのことでした。
 
 
これが最後の俳句となったので、「辞世の句」と受け取られることが多いですが、芭蕉はそういうつもりで詠んでいないと思います。
 
 
この句からは、まだまだ自分にはやるべきこと、やりたいことがたくさんあるという、「生」への意欲が伝わると思うからです。
 
 
松尾芭蕉の「奥の細道」の全ての俳句はこちらをご覧ください~♪

 
 

奥の細道

 

≪冒頭≫
「月日は百代(はくたい)の過客にして、行きかう年も又旅人也」
(月日もまた永遠に旅をする旅人のようなものだ)

 
『奥の細道』は松尾芭蕉が河合曾良と一緒に、江戸から東北、北陸を回って、大垣まで旅をしたときの「紀行文」です。
 
 
訪ねた場所で「50数句」の俳句を詠んでいて、それらも収録されています。
 
 
『奥の細道』は教科書にも載っている有名作品なので関連書籍がたくさんありますが、古典になじみのない人にイチオシなのは「ビギナーズ・クラシックス」シリーズです。
 
 
ボリュームが多すぎず解説が分かりやすいので、古典のお勉強っぽくならず読み物としてサラリと読めます。絵や写真も挿入されていて、芭蕉は俳句だけでなく文章も上手だなーと納得できるのです!

   ⇓

by カエレバ

 
 

松尾芭蕉の簡単年表


 
●1644年(0歳)
伊賀国(三重県)で誕生。
父・松尾与左衛門は準武士でこの地域の有力者だった。
 
●1662年(18歳)
伊賀国の藩主・藤堂家の一族、藤堂良忠に仕える。
藤堂良忠と共に、北村季吟の下で俳諧を勉強。
 
●1666年(22歳)
主君の良忠が亡くなり失意、藤堂家から離れる。
 
●1677年(33歳)
俳諧師の免許皆伝になる。
 
●1684年(40歳)
出生地の伊賀へ向けて「野ざらし紀行」の旅に出る。
 
●1689年(45歳)
弟子の河合曾良(かわいそら)と「奥の細道」の旅に出る。
 
●1694年(50歳)
江戸から、伊賀、奈良、大阪へ向かい、大阪にて病死する。
葬儀には300人以上の弟子が参列した。
 
 
 
松尾芭蕉の人生を年表で見ていくと、本当に長い年月、旅をしていたとわかります。「漂泊の俳人」と呼ばれる所以です。
 
 
この事から、芭蕉は江戸幕府の隠密として各地の大名を監視していたのではという説もあります。
 
 
この都市伝説は、突拍子もないものですが、俗説としてはおもしろいです。
 
 
それについて、私の思ったことを、こちらの記事に書きました。
  ↓


 
 
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歳時記は、この本が読みやすくて量もちょうどよいです。
 
 
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