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こんにちは。
 
秋のお祭りは、過ごしやすい気候になるので参加しやすいですね。
 
 
「秋祭」は、もともと「豊穣」を神様に感謝するものでした。
「実りの秋」ならではの発想だったわけですね。

 
 

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「秋祭」の俳句

 

 
お祭りはもちろんにぎわいますが、「秋祭」の俳句は季節が「秋」なので、夕暮れ時のちょっと切ない気分が詠み込まれたものも多いです。
 
 
今回は、明治以降の俳人の俳句を集めました。(人物が偏ってしまうのは私の好みです。すみません)
 
 
昭和初期ごろまでの「秋祭」の雰囲気が、しみじみ伝わりますよ。こういうところに季節感がにじみ出る日本人の感性がすごく好きです。

 
 

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(1)正岡子規の「秋祭」の俳句

 

 
 
近現代俳句の祖・正岡子規は生涯にたくさん俳句や短歌を残しています。
 
 
子規についてはこちらをどうぞ⇒正岡子規はこんな人♪
 
 
一日の 秋にぎやかに 祭りかな
 
村會に 秋の祭の 日のべかな
 
祭見に 狐も尾花 かざし來よ

     ↑
この俳句は、秋のお祭りを詠んでいますが、季語は「尾花(おばな)」、つまり芒(すすき)です。
 
 
お祭りのにぎわいにつられてやって来た「狐のしっぽ(尾)」を「すすき(尾花)」とひっかけています。
 
 
子規の俳句にしてはと言ってはなんですが、かわいらしい一句ですね。
「すすきと狐」で秋らしい情感満点! 素敵です♪

 
 

(2)水原秋櫻子の「秋祭」の俳句

 

 
水原秋櫻子(しゅうおうし)、名前に「秋桜(コスモス)」が入って美しいですが、本名は水原豊という男性の俳人です。
 
 
高浜虚子に俳句を学んでいましたが、後に離反しました。
 
 
ホトトギス派の代表といわれた「ホトトギス四S(シイエス)」の1人です。「ホトトギス四S」は、水原秋櫻子、山口誓子、阿波野青畝、高野素十の4人ですよ。
 
 
太鼓打つ 穂草の辻も 秋祭
 
小鳴門を ながるる渦や 秋祭
 
つたへ古る 獅子舞唄や 秋祭
 
秋祭 そぞろ歩きに やや遠し
 
壺ならぶ 古玩の店も 秋祭
 
垣を刈り 辻の草刈る 秋祭

 
 

(3)山口誓子の「秋祭」の俳句

 

 
山口誓子(せいし)は京都の俳人で、本名は山口新比古(ちかひこ)という男性です。
 
 
ホトトギス派を代表する「ホトトギス四S(シイエス)」の1人でしたが、後に水原秋桜子についてホトトギスを離脱しました。
 
 
「ホトトギス四S」は、水原秋櫻子、山口誓子、阿波野青畝、高野素十です。
 
 
地に落ちて 紙ひびく凧 秋祭
 
そのあたり 斎垣の燈さす 秋祭
 
秋祭 鬼面をかぶり 心も鬼
 
高張の 踏切渡る 秋祭
 
暗き燈に 民のよろこび 秋祭
 
そのあたり 斎垣の燈さす 秋祭
 
遠田まで 太鼓ひびけと 秋祭
 
秋祭 夜店が尽きて ただの町
 
秋祭 過ぎて杜には 燈の気なし

 
 
祭りの後は、何とも言えない寂しさを感じるものですね。
 
 
私は祖父の家のすぐ近くのお盆のお祭りが大好きでした。
 
 
3~4歳の頃、お祭が終わったのに次の日にも連れて行ってとせがんで、祖父にその場まで連れて行ってもらったことがあります。
 
 
そのときは、本当に今夜はやってないんだと納得しなければ、気がおさまらなかったのでしょうね。
 
 
最後の2句から、そういう寂しい気分が思い出されましたよ。

 
 

(4)日野草城の「秋祭」の俳句

 

 
日野草城は東京出身の俳人で、本名は克修(よしのぶ)、ホトトギスで俳句を学びました。
 
 
俳句雑誌にフィクションの新婚旅行の俳句を10句載せて師匠の高浜虚子に激怒され、「ホトトギス」を除名されました。
 
 
当時の俳句は、フィクションやエロティシズムの句はダメと厳しかったようです。
 
でも、虚子とは、晩年に和解できたそうですよ。
 
 
山路来て こゝに村あり 秋祭
 
秋祭 すみし田舎の 日向かな
 
里親の 心づくしや 秋祭
 
鵙(もず)が鳴き 柿が輝き 秋祭

 
 

(5)中村汀女の「秋祭」の俳句

 

 
中村汀女は、本名は破魔子(はまこ)という女性の俳人です。
 
昭和を代表する女流俳人でした。
 
 
提灯を 吊す古釘 秋祭
 
満汐の 向ふの町の 秋祭
 
秋祭 誘ひに寄りて まだ待つ子

 
 
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