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「萩の花 尾花葛花 なでしこの花 女郎花 また藤袴 朝貌の花」 
 
 
これは山上憶良が詠った有名な「秋の七草」の歌です。「万葉集」に収められています。
 
 
でも、「万葉集」の朝顔(朝貌)は、実は私たちの知っている「朝顔」とは別物なのですよ。なぜなら、朝顔は奈良時代末期に遣唐使が唐から持ち込んだものだからなんです。混乱しそうですね。
 
 
今回は、日本人にとってとても身近な植物・朝顔の俳句をご紹介します。

 
 

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朝顔・蕣・牽牛花は「秋の季語」だけど夏の風物詩

 

 
 
万葉集が詠まれた時代には、「朝顔」はまだ日本には存在しませんでした。
 
 
それなら、その時代の「朝顔」は何だったのかというと、学者の間で長らく「槿(むくげ)」「桔梗(ききょう)」かと意見が分かれてましたが、現在はおそらく「桔梗」ということで落着しています。
 
 
ですから、「万葉集」の朝顔は「桔梗」のことで、「秋の七草」に含まれるのも「桔梗」なのです。(尾花はススキ、葛花はクズ)
 
 
中国から渡ってきた朝顔は、古い表記で「蕣」と書かれることがあり、別名「牽牛花」ともいわれます。
 
 
朝顔の種は今でも「牽牛子(けんごし)」と呼ばれる生薬(漢方薬)なのですが、日本に初めてもたらされたときも、観賞用ではなく薬としてでした。
 
 
中国で牛を牽いて行き交換の謝礼したことがその名の由来とされますが、ちょうど7月上旬に花を咲かせるので、七夕を連想させ縁起のよい花と思われています。
 
 
「七夕」も「朝顔」も正確には「秋の季語」です。
 
 
でも、題材としては「夏の俳句」にふさわしいですね。
 
 
家の庭で育てている人も多い身近な植物なので、俳句のテーマに使いやすいです。

 
 

 
 

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(1)正岡子規の朝顔の俳句

 

 
近現代俳句の祖・正岡子規は生涯にたくさん俳句や短歌を残しています。
子規についてはこちらをどうぞ⇒正岡子規はこんな人♪
 
 
朝顔の有名俳句と言ってまず思い浮かぶのはこちらという人も多いでしょう。
  ↓
「朝顔や つるべ取られて もらひ水」(加賀千代女)
 
正岡子規が駄作とバッサリ切り捨てたことで知られる俳句です。
 
 
子規は、この句を「人口に膾炙する句なれど俗気多くして俳句といふべからず」と新聞で酷評したのです。
 
 
「もらひ水」の部分が写生から離れて「俗極まりて蛇足」なのだとか・・・
 
 
芸術的な問題なので、子規の評価をどうとらえるかは人それぞれですね。「写生」にこだわるのは自由ですが、何かというと人を批判しまくるのはどうよって思いますけど。
 
 
・山里の 蕣(あさがお)藍も 紺もなし
 
・きのふ活けて 今日蕣(あさがお)の 花もなし
 
・人の家を 借りて蕣(あさがお)さかせけり
 
・人もなし 蕣(あさがお)の垣根 蔦の壁
  
・この頃の 蕣(あさがお)藍に 定まりぬ
 
・風吹て 蕣(あさがお)開く 垣間かな
 
・とりつき て蕣(あさがお)上る 柳かな
 
・かれかれに なりて朝顏の 花一つ
 
・おくればせに 朝顏蒔(ま)きつ まだ生えず
 
・なかなかに 朝顔つよき 野分かな
 
・朝顔の 花の命や 夏の雨
 
・朝顔や あしたはいくつ 開くやら
 
・朝顔や あてありさうに のびる蔓
 
・朝顔や きのふなかりし 花のいろ

 

(2)加藤秋邨の朝顔の俳句

 

 
加藤 楸邨(かとうしゅうそん)は、本名は健雄(たけお)といいます。国文学者で水原秋桜子の弟子でした。
 
 
抒情的な作品より人間の生活や自己の内面に深く根ざした作風を好んで、中村草田男らとともに「人間探求派」と呼ばれました。
 
 
・朝顔の 藍やどこまで 奈良の町 
 
・朝顔や 黄河の鯉の 鰭のいろ

 
 

(3)中村汀女の朝顔の俳句

 

 
中村汀女は、本名は破魔子(はまこ)という女性の俳人です。
 
 
昭和を代表する女流俳人です。
 
 
・朝顔や 掃除終れば 誰も居ず
 
・朝顔を 蒔(ま)きて人待つ 心あり
 
・朝顔を 蒔くひそかなる うなじ見せ
 
・朝顔の 実となる窓や 稲光
 
・朝顔の 花咲かぬ間の 朝少し
 
・小脇にす 紺朝顔の 鉢の冷え

 
 

(4)水原秋桜子の朝顔の俳句

 

 
水原秋櫻子、名前に「秋桜(コスモス)」が入って美しいですが、本名は水原豊という男性の俳人です。
 
 
高浜虚子に俳句を学んでいましたが、後に離反しました。
 
 
ホトトギス派の代表といわれた「ホトトギス四S(シイエス)」の1人です。
 
 
ちなみに、「ホトトギス四S」は、水原秋櫻子、山口誓子、阿波野青畝、高野素十の4人です。
 
 
本業は産婦人科医で、実家が皇室御用達の産科だったたため、彼もたくさんの皇族の赤ちゃんをとりあげたそうです。
 
 
・朝顔の 今朝もむらさき 今朝も雨
 
・朝顔の 瑠璃の露見て 句集編む
 
・朝顔の 瑠璃多かれと 蒔きにけり
 
・辻の靄(もや) 朝顔市へ 辻いくつ
 
・朝顔や 潮がしら跳ぶ 車海老
 
・朝顔市 立つ日は癒えて 帰る日ぞ
 
・朝顔市 出揃ひ東 白みけり
 
・朝顔や 蔓びつしりと 濃紫

 
 

(5)高野素十の朝顔の俳句

 

 
高野素十は茨城県出身の俳人で、本業は医師でした。
 
 
東京帝国大学医学部在学中に先輩だった同じく医師の水原秋櫻子に出会い、秋櫻子のすすめで句作を始めました。
 
 
「ホトトギス四S(シイエス)」の1人です。
 
 
 
・朝顔の しぼみ滲(にじ)みて 葉を染むる
 
・朝顔の 花をつらねて 末枯るる
 
・白き花 ばかり朝顔 末枯るる

 
 

(6)山口青邨の朝顔の俳句

 

 
山口青邨(せいそん)は岩手県出身の俳人で本名は吉朗といいます。本職は鉱山学者で、師匠は高浜虚子でした。
 
 
 
・朝顔の 雨にたためる 一日終ゆ
 
・山下りて 朝顔涼し 京の町
 
・かいまみる 子規庵朝顔 一つ咲く
 
・こけし目を 細め朝顔 大輪に
 
・あさがほや 二人のむすめ 孝行を
 
・お守りと 朝顔市の 朝顔を
 
・人老ゆる 朝顔も実と なりにけり

 
 
 
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