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こんにちは!
『源氏物語』の一帖目、「桐壺」を徹底解説します。
『源氏物語』を楽しむには、まずこの桐壺巻(きりつぼのまき)をおさえる必要があります。
主人公のアウェイな状況や宮中の勢力図が示され、土台となる大事な巻だからです。
描かれるのは、主人公・光る君の誕生前から元服(げんぷく)後までの12年間。
時代背景や人物関係を理解し、物語の世界に入ってみましょう!
※主人公は「源氏の君」「光源氏」「中将」など色々な呼ばれ方をしますが、2024年大河ドラマにのっとって「光る君」に統一しておきます。
① 簡単なあらすじ
いつの御代(みよ)の話だろうか、内裏(だいり=帝や貴族の仕事場)の後宮にて、あまり身分の高くない女性(桐壺更衣)が帝の寵愛を独占していた。そのためほかの女御(にょうご)や更衣の恨みをかい、彼女は病気がちになる。
2人の間には男の子が生まれる。帝はこの第2皇子をも溺愛したため、第1皇子の母(弘徽殿の女御)は心配する。まもなく桐壺更衣は亡くなってしまう。
東宮(皇太子)に立てられたのは第1皇子だった。人々の思惑を考え、帝は第2皇子を皇族から源氏に降下させる。
先帝の娘・藤壺が新たに入内。藤壺は「かがやく日の宮」、第2皇子はその美しさから「光る君」と呼ばれた。
数え12歳で元服。同時に、帝と左大臣の計らいによって、左大臣の娘(葵の上)と婚姻を結ぶ。だが、光る君が思いをよせる女性は藤壺だった。
② おもな登場人物
・帝 (桐壺帝)
時の帝。光る君の父。ほかにたくさんの子をもつ。
桐壺更衣をこよなく愛したため、後世では桐壺帝と呼ばれる。
・桐壺更衣(きりつぼのこうい)
光る君の母。すでに亡くなっている大納言だった父の遺言にしたがい、宮仕えに出された。
しっかりとした後見(うしろみ=補佐役のような人)がおらず、何かと心細い。
淑景舎(しげいしゃ=桐壺ともいう)に住んだ更衣なので、こう呼ばれる。
・桐壺更衣の母
光る君の祖母。原文に「いにしへの人のよしある」とあり、高貴な身分の女性。
光る君が数え6歳のときに亡くなった。
・弘徽殿の女御(こきでんのにょうご)
権力者・右大臣の娘。内裏の弘徽殿に住む。
第1皇子(のちの朱雀帝)を生むも、帝の心が桐壺更衣と光る君に移るのを恐れる。
・光る君
帝と桐壺更衣の子。第2皇子。
生まれたときからとても美しく、学問や音楽もよくできる。
・人相見(にんそうみ)の高麗人(こまびと)
高麗(朝鮮半島)からやってきた占い師。光る君の将来を予言し、源氏に降下するきっかけの1つとなった。
・藤壺
桐壺更衣の死後、入内して藤壺に住む。先帝(桐壺帝の先代)の第4皇女。
桐壺更衣に生き写し。
・左大臣の娘
もとは第1皇子に入内するはずだったが、光る君と政略結婚をした。
のちの葵巻(あおいのまき)にちなんで、葵の上と呼ばれる。母は皇族。
・蔵人少将(くろうどのしょうしょう)
葵の上の兄(弟?)。右大臣の4番目の娘(四の君)のムコ。
「頭中将(とうのちゅうじょう)」の呼び方で有名な人物。
③くわしいあらすじ
1.荒れる後宮
どの帝がおさめる世の出来事でしょうか。 内裏の奥ふかくでは、たくさんの女御や更衣が帝にお仕えしていました。
そのなかで帝の寵愛を独占していたのは、あまり身分の高くない女性(=桐壺更衣)。
他の人は桐壺更衣をさげすんだり、憎んだりします。殿上人も目をそむけるほどのご寵愛で、楊貴妃によって世が乱れた唐(とう)の二の舞にならないか心配されそうなほど。
更衣の父は亡くなっており、しっかりした後見人がいないまま宮中で暮らさなければなりません。
【解説】
女御(にょうご)・更衣(こうい)とは、帝に入内(じゅだい)した女性の位の名で、お仕えする以上、帝に気に入られることをめざします。
彼女たちは、一族や自分自身の出世をかけて入内しているから!
とくに「后」(「中宮」)や「女御」だと、政治にかかわる権力者の姉や妹,娘の場合が多いです。
男性社会である政治の場と、女性たちの住む後宮の勢力図は連動します。
今でいう、恋愛結婚ではなさそうですね。
2.第2皇子の誕生・後継者争いの予感
前世からの因縁が深かったのでしょうか、2人の間には美しい男の子さえ生まれました。
帝にはもう第1皇子がありました。右大臣の娘がお生みになった子で、いずれ次の帝になるのだろうと大事にされています。
しかし、帝は桐壺更衣が生んだ第2皇子のほうを秘蔵っ子として可愛がるのでした。
【解説】
男の子「さえ」生まれた、と、光る君誕生がついでのことのように書かれています。
けれど!
後宮における男の子の誕生は、あとつぎ争いの予感という政治的なインパクトが!
ここで第1皇子とその母(=弘徽殿の女御)が登場し、帝のあとつぎ候補が紹介されました。
同時に、弱かった更衣が、ものすごい武器を手に入れたことになりますね。
まして帝は第2皇子を可愛がるのですから「私の子はちゃんと東宮になるわよね…?」と、弘徽殿の女御が不安になるのももっともです。
3.桐壺更衣の死・哀悼
更衣にいやがらせをする人はまだ多く、ご寵愛ゆえの苦労があります。
光る君は3歳に。袴着(はかまぎ)の儀式が、第1皇子にひけをとらないほど盛大に行われました。
さて夏頃、かねてより病気がちな更衣が日に日に衰弱し、里下がりのお許しをいただいて宮中を去ります。
しかしその命はあっけなく尽きました。
帝は三位(さんみ)の位を追贈しましたが、それすらこころよく思わない人がいます。
悲しみの秋が過ぎ、光る君が参内。
次の年には第1皇子が東宮に!(弘徽殿の女御、おめでとう)
ですが帝は光る君に目をかけ、こちらを東宮にしたいと考えていたようです。
【解説】
桐壺更衣の魂をしずめるためか、彼女の母と、帝の女房「靫負の命婦(ゆげいのみょうぶ)」との対話シーンが長くなっています。
そして、ここでも2人の皇子は比べられがち。
光る君にも、東宮、つまり次の帝の資質があるということでしょうか。
ただ彼には後見がなく、まわりの人が納得しそうもないので、東宮にできなかったのです。
4.光る君、臣下になる
その頃、高麗から来た人相見(にんそうみ)が光る君を占って言いました。
「この子には帝王の相があるけれど、そうなると世が乱れそうだ。重鎮として政治をたすける人、でもないような…」
なんともざっくりした予言ですが、帝は考えました。
やはりあとつぎでなく政治の補佐をさせた方が、彼の将来のために安全だと。
光る君は臣下(家来)になり、以後「源氏」の姓をたまわります。
【解説】
『源氏物語』といいますが、主人公が「源氏」になったのはこのとき!
立場の弱い彼を守ろうとした、帝の思いをくみとるべきでしょう。
5.元服・左大臣家とのつながり
帝は先帝の第4皇女(=藤壺)が桐壺更衣によく似ていると聞き、入内させます。
この方は高貴な身分なので誰もいやがらせできません(ホッ)。
美しい藤壺は「かがやく日の宮」と呼ばれ、光る君とともに寵愛されます。
光る君が元服したとき、左大臣が添臥し(そいぶし=元服の夜に添い寝する女性)として娘をさしだします。葵の上のことですね。帝も納得済み。
その兄(弟?)・蔵人少将、右大臣の娘と結婚。両大臣家はパワーバランスをとります。
しかし、光る君はこのうえもない人として藤壺を慕い、遊びに行くことが多いのでした。
私邸の二条院を修理させ、風情のある所に好きな人を住まわせてみたいと、そんなことを考えています。
【解説】
後見のなかった主人公に、左大臣という頼もしい存在ができました。
しかしすでに、葵の上との間がうまくいかないフラグが立っています。
もっとも彼らが仲良しだと、のちに紫の上の発見や藤壺との密通もおきないかもしれませんが…。
④鑑賞のポイントまとめ
1.女性のうしろに権力者あり
権力者の娘は、政治のためのこまにされるものでした。その手段として結婚があります。
弘徽殿の女御も、葵の上も、バックには政治家の父親がいましたね。
桐壺巻の冒頭ではたくさんの女御・更衣がひしめいており、この時点で帝の后はいません。(つまり、決定的な権力者もいない!?)
一体だれが、どの家系の女性が、最高の位である后の座を得るのか?
『源氏物語』は、まさに群雄割拠(?)の時代から始まります。
2.桐壺更衣はどんな女性?
更衣は、とにかく並外れた寵愛を受けたらしい…
では、一体なぜか? 彼女のどこに、帝は惹かれたのか?
本文は答えを与えてくれません。なので、深読みも可能です!
自分の弱さを利用したとも読めるでしょうし、光る君の立太子をねらっていなかった、と断言もできません。
また、帝が右大臣へのあてつけに彼女を愛したという説も。
その人物像はなぞですね…。
3.光る君の周囲は敵だらけ!?
桐壺更衣は、多くの人に憎まれました。よって、光る君の誕生を喜ぶ人もあまりいなかったでしょう。
『源氏物語』の主人公は生まれながらに敵が多かった…
そんな彼が宮中を生き抜くためには、だれもが納得する美貌と才能が必要だったのです!
光る君の美しさや才能がズバ抜けているのは、こうした事情があったからだと思います。
⑤おわりに
ここまでお読みくださりありがとうございます。
出だしから、大変な状況におかれていた主人公ですね。
これからどのように栄華をきわめていくのか。
当時の読者も、楽しみながら読んだのでしょう。
(参考文献:吉海直人『源氏物語入門〈桐壺巻〉を読む』角川文庫 令和3年2月)
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