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以前、『源氏物語』の「生霊」になってしまった哀しい女性・六条御息所についてお伝えしました。
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嫉妬で生霊に!男性ドン引き『源氏物語』六条御息所に女性が共感できるわけ
 
今回は、その「生霊」の犠牲になった儚い女性・夕顔についてお伝えします。古典で習う「廃院の怪」という有名シーンの所です。

 

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儚いけどかなりしたたか(?)な雰囲気美人

 

 
今回の主役・夕顔は、体が弱くて気も弱く後ろ盾のない薄幸オーラ全開の女性です。
 
 
その上、男性の押しにも弱く「アナタ色に染めて」という一見なよなよしたタイプに見えます。
 
 
しかし、彼女は、けっして頼りないだけの女性ではないのでした。
 
 
そのはかない可憐さで男性の保護欲をかきたてるたいした女性です。(最後は生霊にとり憑かれて亡くなるので可哀そうですが)
 
 
私は、彼女のそういうしたたかな一面が好きです。この時代の中流女性のしたたかさは、生き抜くための強さだと思えるからです。

 
 

(1)男性を誘惑するしたたかさ

 

 
出会いはある夏の日、17歳の光源氏は、乳母を見舞うため、下町の五条に行きました。
 
 
そして、その隣家の垣根にからまる白い花を眺めていたとき、「それは夕顔という花ですよ」と話しかけられたのです。
 
 
その声に振り向くと、この家の使用人と思われる物腰のやわらかな女性がいました。光源氏が花を折ろうとすると「お待ちください」と、とめられます。
 
 
やがて家の中から使いの童が現れると、「枝もない花なので、こうしてお持ちください」と、開いた扇の上に可憐な白い花を乗せて渡してくれたのでした。
 
 
「一体この家の主は、どんな女性なんだろう」
光源氏は興味津々です。改めて扇を見ると、そこには、女性の筆跡で歌が書かれていました。
 
 
心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕がほの花
(もしかして、噂に名高い光源氏の君でしょうか。
夕顔の露が「光って」いるものですからそう思いましたわ。)
 
 
女性からの誘い歌です。こんな下町で粋なお誘いのあった光源氏は、わくわくしました。
 
 
女性の筆跡はとても上品で、扇にはセンスのよい香が焚き染められています。このような下町に教養のある女性がいたとはと、ますます気になります。
 
 
意外性を生み出す演出がとても上手です。
 
 
その後の光源氏の返歌がこちら。
 
 
寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 花の夕顔
 
 
(私が誰か知りたかったら、たそがれ時の光で見た夕顔よりも、もっと近くで見てみてはいかがかな?)
 
 
私のことを知りたいのならもっと深い仲になろうという、その気満々の返歌でした。
 
 
しかも、いつもの高貴な筆跡をわざと変えて、「謎のイケメン」を装って出しています。(こういう事をする所に当時の光源氏の若さがうかがえます)
 
かくして、夕顔の逆ナンは大成功をおさめたのでした。
 
 
実は、彼女は以前、光源氏の親友でライバルの頭中将の妻の1人だったのです。
 
 
ところが、頭中将の正妻にいびられて脅迫まがいのことまでされてしまい、後ろ盾(父)のない彼女は、恐ろしくなって逃げ出したのでした。
 
 
そして、ひっそり下町で暮らしていたところ、光源氏と出会ったのです。

 
 

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(2)顔も素性もわからない男性と恋仲になれる大胆さ

 

 
夕顔は、光源氏が身元を明かさず何も教えてくれなくても、聞き出そうとしたり不安を感じたりしませんでした。そして、いつもにこにことどこの誰ともわからない彼を受け入れ、とことん求めに応じるのでした。
 
 
光源氏17歳、夕顔19歳、若い2人が情熱に身を焦がしていたまさにこのとき、光源氏は、口説き落とした年上の貴婦人・六条御息所に飽きてきたところだったのです。
 
 
セレブ妻(葵の上)も高貴な愛人(六条御息所)もほったらかしで、癒し系の中流女性(夕顔)に夢中になります。
 
 
光源氏は、夕顔と付き合ってからかなり長いの間、ずっと顔をおおっていて、彼女に顔を見せていませんでした。
 
 
ずっと顔もわからない男性に身を任せられる警戒心のなさも、夕顔の凄いところ。どこか自分を大切にしていない感じもします。
 
 
「光り輝く美しい」自分の顔(や経歴)を見なくても、ただただ慕ってくれる夕顔のたよりなさに、光源氏はゾッコンです。
 
 
しかし、その後、夕顔は光源氏に連れ出された廃屋であっけなく亡くなってしまいました。
 
 
嫉妬にさいなまれた六条御息所が思いつめるあまり幽体離脱し「生霊」になって、彼女に襲いかかったのです。

 

(3)下町で暮らしていたことこそしたたかな証?

 
 
夕顔は、頭中将のもとから、正妻にいじめられて逃げ出しました。
 
 
いじめの環境から逃げだすというのは、ある意味、強くなければできないことです。
 
 
光源氏の生母・桐壺の更衣も、同じような儚さを持つ女性でしたが、その場から逃げ出すことができず、いじめが原因で亡くなりました。本当に弱く運命に流されるだけの女性は、こうなってしまうのでしょう。
 
 
しかし、夕顔は夫の邸から逃げ出して、下町でたくましく暮らしています。
 
 
夫がどう思うかより自分の気持ちを優先して脱出し、困窮すると男性ハントをして貢いでもらって生活していたのでしょう。
 
 
なんだかんだいって、生活力もありそうじゃないですか。
 
 
『源氏物語』の現代語訳をした円地文子さんは、夕顔には娼婦性があると書いています。
 
 
私は、彼女は、男性にはひたすら儚く見えるけれど、「自分の意志で決める」ことのできる女性だったのだと思います。
 
 
その性質が、後に登場する彼女の娘・玉鬘に引き継がれているのかなと思えるのです。(玉鬘はしっかり系の美女です)

 

儚い女性は「忘れられない女性」?

 
 

夕顔がとある廃屋で亡くなったのは、六条御息所の「生霊」にとり憑かれたからでした。
 
このときの光源氏の取り乱しよう、悲しみようは、さすがに哀れに思います。彼がこれほど狼狽したのは、これから先にもそんなになかったと思います。
 
 
お供の惟光(これみつ)から、事後処理をするから先に二条院(家)に帰るようにと言われて、一旦帰ったけど悲嘆にくれてじっとしておられず、やっぱりもう一度、夕顔に会いたいと、亡骸に会いに行ったのです。その帰り道、あまりのつらさに気を失いかけて落馬しています。
 
 
多分、まだ若い光源氏は、自分の大切な人の死に直面したのは、これが初めてだったのでしょう。
 
 
彼は、夕顔への想いを、後年まで引きずりました。
 
 
そういえば、夕顔の元夫の頭中将も、突然いなくなった彼女の事を「常夏の女」と呼び、ずっと想い続けていたのです。
 
 
すごいですね。
 
 
「忘れられない女」です。
姿を消すことで、彼女は当代きっての貴公子2名のハートを、鷲づかみしたのです。
 
 
特に教養や和歌の才が格別あったわけでもなく、身分も中流でそこそこ美人だけど地味なのにこの力です。
 
 
この人の魅力は、なんだと思いますか?
 
 
私は光源氏にとって彼女が「特別」なのは、「ありのままの自分を受け入れてくれた」ところなのかなと思います。夕顔の前では、彼は、よく見せようと背伸びをする必要もなく、しがらみのない等身大の自分でいられたのではないでしょうか。
 
 
夕顔は、あくまで「儚げ」に見せながら、根っこは強い感じがします。
 
 
でも、結局不幸になっているので、悲しい女性だと思います。
 
 
娘の玉鬘が地に足の着いた幸せをつかみ取ったことがせめてもの救いでよかったです。

 
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