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紫式部の長編小説『源氏物語』には、多くの女性が登場します。
 
 
本妻クラスの「紫の上」のようにずっと登場し続ける人もいますが、途中で書かれなくなったり、一話から数話だけ登場するゲスト出演のような人もいます。
 
 
そのゲスト出演の女性が、個性的でとてもおもしろいのです。
 
 
今回は、『源氏物語』ってホラー小説だった?と思える怖い女性、「六条御息所」をご紹介します。
 
 
この人は素晴らしく高貴な御方なのですが、嫉妬のあまり「生霊」になってしまい、光源氏の妻(葵上)と恋人(夕顔)にとりついて、2人の命を奪ってしまうのです。そして、ずっと後になって再び今度は「死霊」となって紫の上のところに出てきます。すごい執念です。
 
 
嫉妬や執念が凄すぎて男性読者はただただ怖いと思う彼女なのですが、なぜか女性には深く共感されることが多いようです。
 
 
今回は、その理由について考察していきます。

 

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高貴で教養のある最上級セレブ女性

 

 
今回の主人公は、「六条御息所」
「ろくじょうのみやす(ん)どころ」と読みます。
(ん)は、あってもなくてもよいです。
 
 
長い通称ですね。「六条京極に住んでいる御息所」という意味の呼び名です。
 
 
この人は、前の春宮、つまり光源氏の父・桐壺帝の弟の未亡人だった女性なのです。
 
 
前春宮の正妻なので、たいへん位の高い女性です。しかも、素晴らしく美しいかな文字を書き、歌の才能も抜群の風流人です。
 
 
ですから、都では当代きっての貴婦人と噂されていました。
 
 
そんなハイスペックな年上女性を、まだ若く背伸びしたいお年頃の光源氏は、なんとか恋人にしようと猛アタックしたのです。
 
 
当初、彼女は7歳も年下のイケメン軟派男になびいては世間体が悪いと思い、きっぱり拒みました。
 
 
しかし、実は、彼女は光源氏に恋をしてしまっていたのです。
 
 
そして、「世間の目」と「自分の欲望」、つまり、「理性」と「情熱」の板挟みに悩みながらも、とうとう軟派男・光源氏の愛を受け入れてしまったのでした。
 
 
もし、彼女がもう少し理性的な女性だったら、そうはならなかったでしょう。でも、それでは物語としてちっとも面白くありません。
 
 
紫式部は、この高貴な情念の人・六条御息所に、光源氏との愛にのめり込んでいく修羅の道を歩ませたかったのでしょう。

 
 

プライドの高いデキル女性は肩がこる?

 

 
当時の光源氏はまだ17歳という若さで、正妻との夫婦仲は微妙で、あちらこちらの女性を渡り歩いて遊んでいるところでした。
 
 
そして、六条御息所という噂のセレブ女性をなんとかして手に入れたいと、足しげく通って口説き倒したのです。
 
 
恋のハンターの血が騒いだのか、手の届かない美しい牝鹿をなんとかして射止めたいという動機で求愛しているところが、かなりいら立ちます。
 
 
それだから手に入れた途端に彼女に興味を失い、気位の高さにうっとおしさを覚えるようになっていきました。夏に恋人になったのに、秋にはもう飽きて足が遠のくという状態です。最低です。
 
 
そして、下町で出会った儚げでミステリアスな中流の女性(夕顔)に、夢中になってしまったのです!
 
 
さすがにこのときは、父の桐壺帝にも「六条御息所は特別高貴な方なので、他の女性のように軽々しく扱ってはいけないよ。」と、注意されています。
 
 
下町(五条)で出会った女性「夕顔」は、内気で頼りないけど、どこか上品でおっとりとした女性です。
 
 
自分の素性も聞かず、何も求めずおっとり儚げに微笑む夕顔に、プライドの高い年上女性たち(葵の上と六条御息所)に疲れていた光源氏は、夢中になるのでした。夕顔もまた、光源氏の優しさと魅力に魅せられます。
 
 
夕顔は、この「儚さ」で男性を虜にするとても魅力的な女性です。
 
 
男性から見ると、才色兼備のツンと気取った美女より、夕顔のような可愛い癒し系のほうが、ずっとくつろげて落ちつけるのでしょう。
 
 
確かに、そうだと思います。
 
 
でも、それなら始めから六条御息所を口説き倒すなよと思うのですけど、そこは若気の至りなのでしょう。
 
 
しかも、夕顔は素性が知れない女性なので、その謎めいた所がまたよいスパイスになっていたのかもしれません。

 
 

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嫉妬深い女は、怖くて哀れなのだ

 

 
六条御息所は、だんだん足が遠のくこの年若い恋人(光源氏)に、完全に捨てられたらどうしようと思い悩むようになります。
 
 
その不満を相手にぶちまけたり、周りの人に愚痴ることができる女性なら、まだ救いはあったのかもしれません。けれど、そんな泣き言を言うのは、高貴な六条御息所
は「美しくない」と思っていたので、口にはしないのです。
 
 
それに、何といっても、彼女は世間体を非常に気にする人でした。
 
 
そうして、しだいにもやもやした彼への思いが、心の底に巣くっていきました。
 
 
才女なだけに、自分の中のどす黒い嫉妬心を理性でおおい隠そうとしますが、その情念が限界を超えたとき、とうとう「生霊」(いきりょう)となって現れてしまいました。
 
 
六条御息所の「生霊」は、光源氏と逢瀬中の夕顔と、その数年後に光源氏の子を出産した正妻・葵の上に取り憑き、命を奪ってしまいました。
 
 
彼女の哀れなところは、自ら呪ったのではなく、本人の知らぬ間に情念が生霊となって抜け出て犯行に及んでしまったところです。
 
 
理性ではそういう嫉妬心を持つのはうとましいと思っているのですが、自分の想いをコントロールできなくなったのです。
 
 
生霊となった自分の姿が、光源氏に見えたと知ったとき、彼女は絶望しすべてを失ったと悟ります。
 
 
六条の御息所は、やってしまったことは怖いけど、彼女の内面の葛藤や哀しみ、絶望を知ると、とても可哀そうな人だなとわかるのです。女性が共感するのは、こういうところなのでしょう。

 

結局、男性が悪いのだ!

 

 
六条御息所は、男性には怖がられ、女性には同情されることが多い人です。哀しい人だなと思います。
 
 
世間体を気にしすぎるところが気になりますが、才色兼備な最高位の女性なので、「完璧な私」でいなければという思いにとらわれていたのかもしれません。
 
 
それなら、光源氏など最後まで相手にしなければよかったのにと思うのですが、紫式部はそれができない情深い女性を描きたかったのでしょう。
 
 
嫉妬心にとらわれた哀れさだけでなく、彼女のような高貴な女性でも男に選ばれて待つ身でしかないという、平安女性の哀しさを描きたかったのかもしれません。
 
我慢しすぎると、心を病むのは今も昔も同じということです。
 
 
彼女を、ここまで追い詰めたのは、光源氏です。
 
 
なんとなく、男なんてそんな生き物だよと伝えたいようにも思えます。

六条御息所~その後~

 

 
六条御息所は、自分が生霊になったと光源氏に知られ、都を離れる決意をします。
 
 
前の春宮との間に生まれた娘が、ちょうど「伊勢の斎院」に選ばれていたので、娘とともに伊勢に下ったのです。
 
 
この頃の光源氏は、まだまだ若くて至らない所だらけの貴公子です。
 
 
しかし、彼のよい所は、ひとりひとりの女性の長所に目を向けられるところです。六条御息所のことを、執念深い怖い女だったなと思わずに、「こんなにも自分のことを想ってくれていたんだ、なんてあわれな」と想い、忘れないところなのです。(かなり自分勝手ですけど)
 
 
そして数年後、彼女が病で亡くなると、光源氏は伊勢から都へ戻っていた(斎院の任期は6年)彼女の娘を引き取って、その「後ろ盾」となったのでした。
 
 
娘は後に冷泉院の女御となり、「秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)」と呼ばれるようになります。
 
 
こういうフォローが完璧なのが、光源氏の素晴らしいところなのでしょう。

 
 

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