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こんにちは、百華です。
1度は読んでおきたい谷崎潤一郎の長編小説、『痴人の愛』を紹介します。
ヒロインのナオミは発表当時(大正13年=1924年)から人気で、ナオミズムという言葉がはやったほど!
彼女のモデルは、葉山三千子(はやま みちこ)という女性だといわれています(本名は石川せい子)。
谷崎の最初の奥さんの妹で、映画女優をしていたモダンガールでした。
お写真も何枚か残っていますよ。
目次
①主な登場人物
・奈緒美(ナオミ)
西洋人のような容姿をもつ美少女。カフェの女給をしていた。
勉強をがんばるという約束で引き取られるが、わがままに暮らすようになる。以後、素行の悪さと生活力のなさが暴かれる。
・河合譲治(かわい じょうじ)
28歳のサラリーマン。物語の語り手でもある。
アメリカの映画女優メリー・ピクフォードが大好きで、彼女に似ているナオミを引き取った。良くも悪くもまじめでナオミに一途。ハイカラぶる癖がある。本人いわく「男前(男振り)は普通」。
・浜田(浜さん)
大学生。素直なところのあるボンボン。ダンスが上手。
・熊谷(まアちゃん)
大学生。浜田の友達でボンボン。チャラ男(?)。
・春野綺羅子(はるの きらこ)
女優。ナオミと対照的に描かれる美女。
②『痴人の愛』の簡単なあらすじ
※譲治がナオミとの出会いから現在までを回想しています。譲治が語る一人称小説ですが、この記事では三人称で紹介します。
エリートサラリーマンの譲治は、カフェの女給・奈緒美(ナオミ)を引き取って西洋人にも負けない立派な婦人に育てようとした。鎌倉へ海水浴に行った翌年、夫婦関係を結ぶ。勉強が不得意なナオミだが、その身体はいよいよ美しくなるばかり。
やがて彼女はひんぱんに男友達と遊ぶようになり、それが見つかって家を追い出されてしまう。いったんは激怒した譲治だが、荷物をとりに現れる彼女の媚態に陥落,すべてを自由にさせるという条件のもとによりを戻す。なんやかんやあった2人は今日まで仲良く暮らしている。
③『痴人の愛』のくわしいあらすじ
1.出会い
8年前、譲治は浅草のカフェで奈緒美(以下、ナオミ)と知り合いました。
ハイカラな名前と、アメリカの女優メリー・ピクフォードに似た顔立ちを見初め、注目するようになります。
ナオミは数え15歳。無口で陰鬱にもみえる少女でした。
譲治は28歳。結婚については新しい考えをもっていました。
それは、2人だけで友達のように暮らし、お互い気に入ったらそのうち夫婦になれば良いというものです。
数か月後、ひと通りの学問を仕込み、じゅうぶんに世話をすると約束して実家の了解を得、ナオミを引き取ります。
そこには生家にめぐまれていない (いかがわしい商売のお家に生まれた)彼女に対する同情もあったようです。
2.失望と喜びと
2人はハイカラな雰囲気のなか、世間の常識にとらわれない暮らしをはじめます。
家には西洋流の家具をおき、海外女優の写真をかざりました
(今でいう、好きな芸能人のポスターを貼るのと同じ感覚でしょうか)。
鎌倉で楽しいひと夏を過ごしたのち、正式な夫婦となります。
譲治は、ナオミを「美しい精神と肉体をもった近代的な婦人にしたい」という(やや漠然とした)望みをもっていました。
一緒に暮らすうち、期待したほど賢くなかったナオミに失望。
しかし!
反対に彼女の肢体の美しさは増していくばかりで「こっちは想像以上だ」と喜びます。顔もどんどんメリー・ピクフォードに似てくるのです。
結局、ナオミを愛するあまり、彼女の機嫌をかって優越感をもたせることにつとめるのでした。
彼女がわがままになった責任は譲治にもありますねぇ。
3.オトコの影
ナオミに男友達がいるとわかったのは彼女が18歳の頃。
退屈していた折でもあり、2人はダンスの稽古に通うようになりました。
はじめての舞踏会でドギマギするエピソードの中、ナオミの欠点も徐々に暴かれていきます。
やがて、舞踏会で知り合った男たちが2人の生活に入り込みますが、「イヤらしいことはないのよ」というナオミの言い分に半信半疑ながらも安心している譲治。
ですが4年ぶりの鎌倉行きで、ついに真相を知ってしまいます。
4.ゴタゴタ
ナオミが久しぶりに鎌倉へ来たがったのは、浜田や熊谷など仲良しの男たちと遊びたかったからでした。帰ってきてからもその態度は改まりません。
密会の証拠をおさえた譲治はブチぎれ、衝動的に彼女を家から追い出します。
とはいうものの、未練たらたら。
「ああとんでもない!俺はほんとに大変な女を逃がしてしまった」
自分は今、一生懸命ナオミを恋い慕っているよりほか、何の仕事も持っていないのだ。
こうしてはいられないと急いで捜索を始めましたが、ナオミがもはや昔のナオミでないことを知ってしまいます。
彼女のただれた生活は、とうていカタギの奥さんができるものではなかったのです。
(つまり、売春婦っぽくなってしまったということです……。)
5.結末
しかし、ナオミへの幻滅も長い間は続きません。
「荷物を取りに来た」とふいに現れる彼女の、この世のものとは思えない聖なる美しさ……
それは譲治を「もう一度夫婦としてやり直したい」という気持ちにさせるのに十分でした。
私のような男はただその前に跪き、崇拝するより以上のことは出来ないところの、貴い憧れの的でした。
「ナオミ!ナオミ!もうからかうのはいい加減にしてくれ!よ!何でもお前の言うことは聴く!」
ナオミがパワーアップ(?)したと同時に、譲治もひと皮むけた感じがしますね。
※彼らの駆け引きやクライマックスの描写は必見。ドキドキしながら読んでください♡
2人はよりを戻し、生活のこと、お金のこと、全てナオミの言うがままにするのでした。
④おわりに
いかがでしたか。
この作品は本当にいろんな楽しみ方ができます。
恋愛・結婚生活の参考書としても読めますし、映画やダンスなど当時の若者文化に注目してもいいでしょう。
とくにメリー・ピクフォードの名は何度も出てきます。
けれど、やはり
これを読んで、馬鹿々々しいと思う人は笑って下さい。教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。私自身は、ナオミに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません。
ナオミは今年二十三で私は三十六になります。
という含みのあるラストが効いていますね。
譲治は破滅したわけでも、敗北したわけでもありません
(堕落はしたと思いますが……)。
むしろその逆ではないのでしょうか。
なんだかんだ幸福そうにみえます。
あこがれの異性ソックリな人と暮らしているところなど、ちょっとうらやましい気もしますね…(?)。
こうした、誰もが持ちうる秘められた欲望を描ききるところが、谷崎潤一郎の一流と言われる所以なのです。
【ライター:百華】
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