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こんにちは。
 
「イーハトーブ」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?
 
 
宮沢賢治の作品が好きな人はご存知だと思いますが、この言葉は彼が作った言葉です。宮沢賢治は自分の心象世界の中の理想郷を「イーハトーブ」と名付けたのでした。
 
 
彼の作品を始めて読んだ小学生の私は、「イーハトーブ」という場所が東北のどこかに実在すると思っていました。
 
 
なんとも不可解な言葉のある不思議な作品です。童話なのに深い。
 
 
小学生の頃でさえ、「これは童話なんだろうか?」と疑問に思ったのを覚えています。
 
 
それまで、私の知る「童話」というのは、教訓や道徳が1つの主題になっている、つまり、物語の意図がはっきり分かる単純なものばかりでした。
 
 
でも、宮沢賢治はよく分からない・・・
 
 
作品のほとんどが没後に発表されたので、作者自身にインタビューすることもできません。(「やまなし」は、生前に雑誌掲載されています。)
 
 
他の多くの文豪のように、文豪同志の交流があれば人柄や発言も伝わることもありますが、それもほとんどありません。
 
 
中原中也草野心平が宮沢賢治の作品を絶賛していたとか、その程度です。
 
 
今も、細かい部分は謎だらけですが、彼の言いたい本質の部分は、分かってきたような気がします。
 
 
それは、宮沢賢治の「さいわい」についての考え方です。
 
 
今回ご紹介する「やまなし」にも、その思想がしっかり表れています。
 
 
それでは、「やまなし」の謎を超えて、宮沢賢治が伝えたかったことを、考えてみましょう。

 

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「やまなし」の2つの大きな謎

 

 
「やまなし」は、とても短い作品です。
 
舞台は、どこかの川の底で、主な登場人物は、カニの兄弟と父親、魚です。川底にいるカニの兄弟の目線で話が進むので、天井が水面、頭の上を魚が泳いでいる状態になります。
 
 
★そこに出てくる「クラムボン」
★そして、最後に落っこちてくる「やまなし」

 
 
謎の多くはこの2つに集約されます。
 
 
そして、大きなポイントは「魚」の行動に対するカニの感想です。
 
 
魚が、餌を求めて水の中を行ったり来たりするのを見て、カニの兄は、「何か悪いことをしてるんだよ。とってるんだよ。」と言います。
 
 
魚は、おそらく、ただ普通に生活しているだけです。小魚かプランクトンを、食べているのでしょう。
 
 
それを「とってる」と、悪いことのようにとらえています。
 
 
そして、魚はカワセミに捕らえられ、「こわい所」へ連れて行かれます。
魚は、より大きな生物(カワセミ)に、食べられたということです。
 
 
魚を中心とした自然の摂理、食物連鎖ですね。
 
 
ここに宮沢賢治の作品の中にたびたび出てくる、食物連鎖は「悪」ととらえる思想が、はっきり表れていますね。
 
 
「よだかの星」でも、よだかが言っています。
 
 
鳥のよだかは自分が生きるために他者(虫)の命を犠牲にしていることに、強い嫌悪感を抱くのです。
 
 
この意識は「食物連鎖の否定」という、全生命の宿命と対峙するものですね。これを否定されては、生き物は生きていけません。
 
 
でもそうすると、宮沢賢治のいう「みんなのさいわい」「ほんとうのさいわい」は叶わないのかもしれないのです。
 
 
【関連記事】⇒「よだかの星」のあらすじ・哀しい結末はこちら

 
 

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注目すべきはクラムポンではなく「やまなし」

 

 
『やまなし』は、「クラムポン」というキャッチ―な名前の謎の生物に、注目が集まりがちです。
 
 
カニの兄弟が「クラムボンはかぷかぷ笑ったよ」なんて会話をするので、気になって仕方がないですね。
 
 
クラムボンって何なの???
 
 
でも、この作品、題名は「やまなし」なのです。
 
 
宮沢賢治は、最後に川の底にどぼんと落ちてくる「やまなし」こそ、特別なものと捉えていたようです。
 
 
それは、なぜでしょう?
 
 
私は、宮沢賢治は、「やなまし」を「魚」や「かわせみ」とは全く違う生き方をするもの、
 
 
「自らを犠牲にして、みんなのさいわいに貢献するもの」
 
 
そう想定して描いているのではないかなと思います。
 
 
「やまなし」は、カニたちのいる世界の「外部」から、どぼんと落ちてくる物体です。そして、みんなのさいわいのために、いい匂いをしながら熟成して「お酒」になります。
 
 
「お酒」になるまでもう2日ばかり待とうと言うカニのパパの言葉から、「やまなし」を尊重しているんだなーというのもわかります。
 
 
「やまなし」は、この「川の中」の生態系の一員ではない、もっともっと大きな、世界全体を包括する存在として、描かれていると思うのです。
 
 
「やまなし」こそが、「生の恵みの象徴」であり、さいわいをもたらすもの、この世界の中でもっとも大切なものなのです。

 
 

クラムボンの正体を考えてみる?

 

 
それでも、やっぱり気になる「クラムボンの正体」
 

「クラムボンはわらつたよ。」
「クラムボンはかぷかぷわらつたよ。」
「ラムボンは跳てわらつたよ。」
 
「クラムボンは死んだよ。」
「クラムボンは殺されたよ。」

 
出典元:『やまなし』

 
クラムポンの正体について、今のところ大前提の「お約束」があります。
 
 
それは、「クラムボンの正体は不明」と答えが決まっていることです。この作品は小6の教科書にも載っていますが、教師は答えを勝手に断定してはいけないのだそうですよ。
 
 
なんだそれ・・・
もやっとするわ・・・
 
 
でも、実は1940年頃に、クラムボン=「アメンボ」という説が提示されたことがありました。
 
これは、十字屋版の『宮沢賢治全集』の注釈に書かれたものなのですが、すごい反論があり、今では研究者の間で、否定的に見られているのです。
 
 
宮沢賢治は熱心なファンの多い作家なので、適当な解釈を「定説」として載せるのは危険なんですよ。
 
 
その後も、研究者の間ではいろんな説が出されて議論されています。
 
 
泡・光の輪・プランクトン・小魚などなど・・・・・
 
 
でも、そのどれもが、ただの「1つの解釈」としてあるのみなのです。
 
 
だからこそ、一人一人の想像力が発揮できる余地が生まれるのです。
 
 
「私は○○だと思う」とはっきり根拠とともに提示して感想文を書くと、面白い作品になると思いますよ。
 
 
私はクラムボンは、「正体不明の生き物」としか言えません。
クラムボンが魚に、魚がかわせみに食べられるのは確かなので、この生態系の中の「生産者」か「第一次消費者」ですね。
 
 
でも、カニのパパにもわからないということから、それ以上の材料はありません。
 
 
カニのパパは、かなり賢いですよ。普通の人間並みの知恵と知識がありそうです。
 
 
鳥が魚を捕まえて食べるという事も分かっているし、その鳥が「かわせみ」という種類というのも知っている、「やまなし」が熟成・発酵してお酒になるということも理解しています。
 
 
「泡」や「光」は作中にも出てくるから多分違うし、「アメンボ」「プランクトン」「小魚」なども、私たちと共有する名前で知っているのではないかと思います。
 
 
とすると、「クラムボン」は賢治が作った「クラムボンという固有名詞の生き物」なんじゃないかなーと思えるのです。(あくまで個人的な解釈ですよ)
 
 

おわりに


 
この作品は、クラムボンの正体が気になって推理したくなりますが、本当に大事なのは、この世界の成り立ちなのではないかなと思います。
 
 
この川の中の世界の雰囲気と、生態系、突然落ちてくる「やまなし」。
 
 
特にその「やまなし」の存在がどんなものかと考えると、宮沢賢治がずっとずっと考え続けていた「ほんとうのさいわい」につながってくると思うのでした。
 
 
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