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昔話の「金太郎」は、「桃太郎」「浦島太郎」と並んでauのCMにも登場するぐらい、今も昔話のヒーローとして知名度大ですね。
でも、実は、実在の人物だった、というか、実在のモデルがいたのですよ。
それも、かなり有名な人です。
今回は、金太郎のモデルとなった人物「坂田金時(さかたのきんとき)」を紹介します。
昔話「金太郎」
「金太郎」の歌があるのを、知っていますか?
小さい頃は、歌でストーリーを覚えることが多いですね。
すっごく短い簡単な歌ですよ♪
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昔話の「金太郎」のお話は、単純明快です。
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金太郎の友だちは、山の動物たちです。
金太郎は毎日毎日、動物たちと相撲をして遊んでいました。
金太郎は、とても強くていつも勝ちます。
ある日、くまさんがやってきました。
くまさんとも、相撲の勝負をすることになりました。
「はっけよい、のこった、のこった」
「金太郎、がんばれ、くまさんも負けるな」
何と、金太郎よりずっと体の大きなくまも、金太郎は一本勝ちでした。
こんな風に大変力持ちの無敵の金太郎ですが、彼はとても心やさしい男の子でもありました。
ある日、くまの背中に乗って山道を行くと、谷のところで動物たちが困っていました。
「どうしたんだい?」
「どうしよう? 橋がないから、向こうへわたれないんだよ。」
「よおし、ぼくにまかせておけ!」
金太郎は近くに生えている大きな木を見つけると、
「うん、ちょうどいい大きさだ」
といって、その大きな木にドーンと思いっきり体当たりしました。
すると大きな木はポキリと折れて、金太郎はそれを持ち上げて谷にかける橋を渡しました。
「わーい。どうも、ありがとう」
動物たちは大喜びで、金太郎のつくってくれた橋を渡りました。
強い力とやさしい心を持った金太郎は、後に立派な若者になります。都のえらいお侍が、足柄山をとおったとき、金太郎の話を聞き、一緒に悪者退治をしないかとスカウトしました。そして、金太郎はその偉い人(頼光)の家来になって、悪者を大事する正義の人になりました。
源頼光と出会い坂田金時と改名
「金太郎」の成長後の伝説は、いくつか存在しています。
今のところ、有力とされているのは、金太郎が祭られている静岡県の金時神社に伝わる伝説です。
それによると、金太郎は、足柄峠を通った都の武将・源頼光と出会い、その力強さを認められて家臣となりました。
そして、名前を坂田金時と改名したといわれます。
源頼光は、実在した数々の鬼退治伝説のヒーローです。
余談ですが、小倉百人一首65番の女流歌人「相模」は、頼光の娘(養女?)といわれます。
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その頼光に仕えていた四強が、「頼光四天王」と呼ばれる
渡辺綱(わたなべのつな)
坂田金時(さかたのきんとき)
碓井貞光(うすいさだみつ)
卜部季武(うらべのすえたけ)
です。
四天王筆頭の渡辺綱は、源融の子孫で、都の「一条戻橋」の上で鬼の腕を源氏の名刀「髭切りの太刀」で切り落とした逸話を残す武将です。昔話の「羅城門」は、その話なのですよ。
一条戻り橋は、安倍晴明を祀る神社「晴明神社」の近くにあります。
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酒呑童子伝説
一条天皇の時代、都の若者や姫君が次々と神隠しに遭う奇怪な事件が起こります。それで、陰陽師の安倍晴明が占ったところ、大江山に住む鬼・酒呑童子の仕業とわかりました。
余談ですが、一条天皇の中宮・彰子は、藤原道長の娘で、あの紫式部や和泉式部を女房として抱えていました。安倍晴明が活躍したのも同時代なんですね~♪
酒呑童子は、大江山(京都府福知山市)を拠点とした鬼の棟梁です。
茨木童子など、多くの鬼たちを従え、たびたび京の都に出現し、若い貴族を誘拐して仕えさせたり刀で切って食べたりしたといわれます。(ここでの「鬼」は、いわゆる山賊・盗賊の類と思われます。)
990年、源頼光と渡辺綱を筆頭とする頼光四天王(渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武)が、帝の命により、酒呑童子の征伐に向かいました。
彼らは、鬼たちを酔わせて安心させ、頼光が神より兜とともにもらった「神便鬼毒酒」という毒酒を、酒盛りの最中に酒呑童子に飲ませます。そして、体が動かなくなったところを押さえて、寝首をかき成敗したのです。騙し打ちですね。
酒呑童子の首級は京に持ち帰り、帝らが検分した後で、宇治の平等院に納められたといわれます。(異説あり)
その後、坂田金時は、1012年、九州の賊を征伐するために筑紫(福岡県)へ向かう途中、重い熱病にかかり病死しました。
「金時豆」の由来になった!
「金時豆(きんときまめ)」の名前の由来は、この「坂田金時」の名前からきているのですよ。
金時豆は、煮豆や甘納豆にして、食べることが多いです。
大きな小豆のようで、おいしいですね。
ちなみに、金時豆と小豆は、似ているけれど別物です。
小豆は、和菓子に使われることが多いですね。
●金時豆ーインゲン豆の一種。赤紫色で小豆より大きく楕円形。
●小豆ーマメ科の一年草。暗赤色をした小さな丸い形をしている。
息子の坂田金平は「きんぴらごぼう」の由来に!
きんぴらごぼうは、副菜やお弁当にぴったりの、作り置きもできる便利で美味しいおかずです。
いきなり、なぜ「きんぴらごぼう」を話題にしたのかというと、この「きんぴら」、実は、坂田金時の息子の「金平」の名からきているのです。
江戸時代は、ゴボウはとても精の付く食べ物と考えられていました。
それで、父と同じく「力持ち」の伝説で知られていた「金平」に仮託したそうなのです。
親子そろって、食材名になっているとは、面白いですね。
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