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昔話の「座敷わらし」について、耳にしたことがありますか?
 
座敷わらしは、主に岩手県に伝わるもので、精霊的なモノなのだそうです。
なんだか分かりにくいですね。
岩手県の遠野の伝承が有名ですが、青森県、宮城県、秋田県などにも、目撃情報があります。
 
絵本で日本昔話に取り上げられることも多いです。東北地方の昔話は、不思議な不気味さのあるものが多くて、すごく面白いと思います。
 
今回は、「座敷わらし」がどういうものか、ご紹介します。

 

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座敷わらしは「福の神」?


座敷わらしは、幽霊でも妖怪でもなく、座敷か蔵に住む「神様」と考えられています。そして、見た人に幸運をもたらし、住み着いた家に富をもたらすのだそうです。
 
昔の日本では、「7つまでは神のうち」といわれ、小さい子供は、一人前の人とみなされませんでした。それだけ子供の死亡率が高かったのです。
 
7つのお祝いをして初めて、人の世界に完全に属し、土地の氏神様に詣でて氏子と認められました。
 
つまり、もともと小さい子供に「神性」を感じる風潮があったのです。

 

座敷わらしはどんな姿だったのでしょう

 

 
「わらし」と名がつくので、子供の姿なんだろうなーと思いますね。
 
確かに、よく知られている座敷わらしは、5~10歳ぐらいの子供で、着物姿に裸足、おかっぱ姿であることが多いです。
 
男の子の座敷わらしも女の子の座敷わらしもいます。
女の子は、赤い着物を着ているイメージがありますね。
 
でも、伝承では、子供の姿とは限らないようなのですよ。
 
獣のような姿をしたものや、大人のおじさんだったり、双子の座敷わらしがいたという目撃情報もあります。
 
でも、ほとんどの伝承では、おかっぱ姿の子供で、夜にパタパタ足音をさせて廊下を走ったり、眠っている家人にいたずらをしたりするようです。

 

「遠野物語」の座敷わらし

 

 
「遠野物語」には、いくつかの座敷わらしの伝承が書かれています。
その中の1つの話では、座敷わらしは、幼いおかっぱの双子の女の子の姿をしています。
 
昔懐かしいNHKの「日本昔ばなし」の座敷わらしも、この遠野の話でしたよ。
同じ顔をしたおかっぱの2人の童女に、かわいいのになぜかゾゾッとしたのを、覚えています。多分、市原悦子さんの演技が上手すぎるのです。(笑)
 
この2人の座敷わらしは、裕福な旧家の山口孫佐衛門という人の家にいたのですが、なぜか、ある日突然、その家を出て別の村に移っていきました。
 
その後、山口孫佐衛門の家は、7歳の女の子だけを残して主従20数人が毒キノコにあたって死んでしまいます。
 
7歳の女の子は、その日は外で遊んでいて昼食を食べに帰るのを忘れていたため、毒キノコを食べずにすんだのでした。
 
座敷わらしが、この少女だけを助けたのだろうと考えらえれています。
 
この話には、もう一つ、興味深い補足があります。
 
家長の山口孫佐衛門は、村には珍しい学者さんで、かなりの変人でした。
 
それで、彼は、「狐」と親しくなり、家の庭に「稲荷の祠」を建てて、よく拝むようになったのだそうです。
 
つまり、この家は、大切にしなければいけない家の守り神・座敷わらしをないがしろにし、狐を崇拝したので、座敷わらしが出て行ってしまったのかも知れないという事でした。
 
神様は、同時に拝んではいけないのでしょうか?
日本人的発想なら、大丈夫な気がするのですけど、よくわかりません。

 

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座敷わらしがいなくなると・・・

 

 
座敷わらしがいる家は、急速に栄えます。
 
座敷わらしの伝説が、これだけ広まっているのは、急に裕福になった家に対する村人たちの理由付けの意味があったとされています。
 
つまり、あの家が裕福になったのは、座敷わらしがいたおかげだというものです。そして、衰退したら、座敷わらしが出て行ったからと考えて、納得したのでした。
 
この考え方は、「狐憑き」の家柄、いわゆる「狐筋」の民間信仰と、とてもよく似ていて面白いのです!
 
「狐筋」については、こちらを合わせてごご覧ください。

  
 


 
座敷わらしの正体について、いくつか説がありますので、ご紹介します。
 

(1)間引き説

 
遠野の伝承を研究していた佐々木喜善は、貧しい農村で、口減らしのために生まれてすぐに死なせてしまった(間引き)子供の幽霊だと考えました。
また、障害を持って生まれた子も犠牲になったと考えられています。
 
当時、赤ん坊はまだ人間とはみなされなかったので、きちんとお墓に埋葬するのではなく、自分の家の敷地内にこっそり埋葬していました。
 
そうして犠牲になった子供が、座敷わらしになって、夜になると現れ、家人にいたずらすると考えられたのです。

 

(2)河童説

 
河童を正体とする説も多く残っています。
 
そもそも遠野は、河童発祥の地といわれる場所です。
そして、河童は、子供ぐらいのサイズで、いたずら好きです。
 
淵に住む河童が近くの家に上がりこんでいたずらするものが座敷わらしだという話や、河童が陸に上がり家に住み着いて座敷わらしになったという話があります。

 

(3)大工の呪い説

 
「座敷わらしを見た人びと」を書いた高橋貞子さんの説は、本当?と思えて面白いです。
 
それは、座敷わらしは、家を建てた大工さんによる呪詛だったというものです。
 
座敷わらしは、お金持ちの旧家にいることが多いからでしょうか。
その邸宅を建てた大工や畳職人が、家の工事の際に気持ちよく仕事できず、家人に恨みをいだいたとき、木片を薄くはいだ人形を柱と梁の間に挟みこむ呪法を施したというのです。
 
呪術により座敷わらしを召喚したということでしょうか。
陰陽師の術みたいですね。

 

おわりに

 
昔から伝わる「座敷わらし」について、ご紹介しました。
 
今回は、なんだか「間引き説」が有力な気がしましたよ。
でも、謎ですね。
陸に上がった河童かもしれないですし・・・。(笑)
 
遠野は、不思議な場所なのでしょうね。
 
そういえば、宮沢賢治のイーハトーヴも岩手です。
宮沢賢治も座敷わらしのお話を書いていました。
賢治のふるさとでは、「座敷わっぱ」と呼ぶそうですよ。
 
興味深いです。(´・ω・)

 
 

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