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こんにちは、このかです。
 
 
平安時代の超有名エッセイスト・清少納言
彼女は炎上商法かと思えるほどの毒舌キャラの後宮キャリアウーマンでした。
 
 
でも、自信満々なえらそうなインテリ女かと思えば、「定子様って何て素晴らしいお方なの!」と子供っぽい素直なかわいらしさを見せる魅力あふれる才女です。
 
 
毒舌全開で言いたい放題書いた『枕草子』では、天才か?と思える感性と発想力を発揮していますね。
 
 
それは、1000年以上たった今も読み続けられる超ロングセラー作品になってることからも明らかです。確かに面白いのです。
 
 
例えば、
「見苦しいもの・・・
夏の暑苦しい日に、昼間っから情事の後で一緒に寝てる不細工カップル」( ̄▽ ̄)
なーんてね。
 
 
そんな清少納言、意外にも、「日本語の言葉遣い」に関しては、とっても保守的だったのです。
 
 
私はどちらかというと、根暗女の紫式部のほうが親近感が持てて好きなのですが、この清少納言の意外性は面白いと思います。

 
 

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「と抜き言葉」は、はしたない!

 

 
清少納言は、かなりミーハー気質が強いので、流行に敏感だったと思えるのですが、こと言葉遣いについては、とても保守的でした。
 
 
「男も女もよろづの事まさりてわろきもの ことばの文字あやしく使いたることあれ」と、彼女が批判しているのは、いわゆる「と抜き言葉」。現代の「ら抜き言葉」論争みたいですね。
 
 
「会話ならまだ我慢できるけど、書き言葉での表記は許せん!」という感じで、プンプンなのです。
 
 
結構、真面目な清少納言さん、高感度アップなのですよ。
 
 
でも、言葉というのは、文化の一部なので、移り変わっていきます。諸行無常なのです。
 
 
平安時代の正しい日本語も、1000年を経た今では「古文」として、外国語なみに難解でしょう?
 
 
「をかし」のように言葉は残っていても意味自体が変わっている語などもあって、ほんとにややこしいです。

 
 

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文章もTPOが大切です

 

 
私は、日記や友達に手紙を書く場合は、多少のルール違反はよいと思うのです。もちろん、オフィシャルな場合や、テスト・作文・小論文ではルールをきちんと守りましょう。TPOをわきまえるのは必須です。
 
 
このページに書いてる「なーんてね」「ほんと」なんて言葉は、作文用紙に生徒が書いたら、赤ペン入れるところです。(文中に「!」もダメ)堅苦しいです。
 
 
論争中の「ら抜き言葉」も、そうですね。
 
 
「ら抜き言葉」は、助動詞「られる」の「可能」の意味のときの「ら」を省略した表現です。厳しい先生は、「ら抜き言葉」は×です。
 
 
×「そこから出れた」→〇「そこから出られた
 
 
先日、作文教室の小5の生徒が、「なので」という語は、日本語ではないのですかと聞いてきました。
 
 
学校で作文を書いたとき、「なのでは日本語ではない!」と先生に叱られたのだそうです。
 
 
「日本語ではないって……、いや、日本語ではあるでしょ。」と思って、説明しておきましたけど。
 
 
頭ごなしに叱るのではなく、「なぜ日本語ではないと断言するのか」その理由をしっかり教えてあげるのが教師だろうと思うんですけどね。
 
 
ちなみに、「なので」は「文頭では×、文中使用は〇」です。その子は文頭で使っていました。
 
 
〇「今日は遠足なので、お弁当を持っていきます。」
×「今日は遠足です。なので、お弁当を持っていきます。」

 
 
なぜ文頭使用が×なのかというと、「なので」は接続詞ではないからです。
 
 
めんどくさいけど、品詞分解してみると、
<断定の助動詞「だ」の連体形「な」+原因・理由を表わす助詞「ので」>
となります。
 
 
でも、私はこのブログでも、何度か文頭に使ったような気がします。「なので」に代わる正しい接続詞は「だから」や「ですから」なのですが、「なので」のほうが、口語的で柔らかく親しみやすいと思いませんか?
 
 
最近は、「なので」の文頭での使い方が一般的になってきていて、「三省堂」のように「だから」と同じように文頭に「接続的用法」で使われると認めている辞書もあります。
 
 
言葉は変わっていくのです。どの程度まで許容できるかは、その人の育った環境やセンス、TPOによるのでしょう。

 
 

若者より許せないのは中高年の言葉の乱れ

 

 
私は、若い人ではなく中高年が流行語や若者言葉を使っているのを聞くと、げんなりします。若い人は、まだよいのですよ。失礼でなければ、若さで許されます。
 
 
でも、中高年が若者言葉や「~じゃね?」とかいう軽い言葉を使っているのを聞くと、はああああってなります。(余計なお世話でしょうけど)
 
 
ほんと、いい年して恥ずかしいからやめてと言いたくなります。
美魔女を目指す痛い40代女みたいで、気持ち悪いです。
 
 
40代には40代の、60代には60代の美しさがあります。色気ではなく品性の問題だと思うのです。
 
 
言葉遣いには美意識が現れますね。ですから、人それぞれいろんな意見や感じ方があるのだと思います。
 
 
珍しく毒舌以外で共感できる清少納言さんの意見なのでした。
 
 

 
 

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