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こんにちは。
 
娘の英語のテキストに「なんだそりゃ?」って単語が載ってました。
 
Zen-gardens
禅ガーデン!?
 
枯山水のことですか……?
 
「ガーデン」とつけるセンスのなさが悲しいですが、「枯山水」の禅の世界観は、西洋人にはまずない、というか、わからない発想なので、仕方が無いでしょう。(日本文化を学んでいる人は別ですが)
 
実は、私、今はおウチ大好き人間ですが、大学時代は西洋好きで、友達と2人でよく長期休暇にヨーロッパを旅していました。
 
自分でも嘘みたいな過去なんですけどね。
友達は、今も昔もとっても少ないですよ。
 
最近は旅はしませんが、興味が湧いたら、サッと動くかもしれません。
今の私の関心事は、専ら日本の伝統的な衣食住なので、京都が最強なのです。
 
金沢や萩など小京都と呼ばれる街へ行っても、見るところが少なく感じるのです。
 
やっぱり、京都が最強です。
我が家のドアから京都駅まで30分、日帰りコースです。
 
当時の私は、西洋かぶれで、学部も史学科西洋史学専攻、周りの仲間も興味は同じなので、バイトして旅費ができれば地歴の旅って感じだったのでした。
 
今回は、ヨーロッパの幾何学庭園と日本の枯山水の違いについて、つらつらとお伝えしようと思います。

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西洋式幾何学庭園

 

 
上の画像は、ベルサイユ宮殿の庭園です。
ベルサイユはパリ郊外なので、パリから電車で1時間ぐらいで行けます。
めっちゃ広いので、歩きやすい靴で、お天気の良い日に行くのがおススメですよ。
 
この宮殿と庭園は、かのルイ14世が、50年もかけて改修した大きな国家事業の1つでした。
 
パリからセーヌ川を引いてきて、わざわざあの噴水庭園を造ったというのですから、それはもう大掛かりです。
 
着工が1661年なので、日本は江戸時代前半ですね。
 
ヨーロッパの他の絶対王政期の庭園も、似たような幾何学形式で作られています。
 
その特徴は、
「人工的な幾何学美」「豪華さ(王の力の誇示)」です。
 
画像からもうかがえますが、徹底的に「自然のまま」を取り除いて、植物の高さや刈り方、配置のすべてを、人の手を加えて並べた幾何学模様を形成しています。
 
線対称・点対称・平行移動・相似性(拡大・縮小)、様々な「シンメトリーの美」を表現した庭園です。これが、当時のフランスの空間美だったのです。
 
それはそれで、とても華麗で壮大な美を感じます。
ただ、私は、「だだっ広いなーーっ。歩くのしんどっ(*´Д`)」と思ったのでした。
 
ルイ14世は、この庭園を庶民にも開放しています。
川あり噴水あり温室ありの、とにかく広ーい庭です。
 
王の権力を内外に誇示し、庶民の人気を得ようという政治的意図があって造られたんだなあというのが、よく分かるのでした。
 
ヨーロッパの有名な歴史的庭園は、今も市民の憩いの場になっている広い庭園が多いです。

 

枯山水は「侘び」の世界観

 

 
一方、日本の「枯山水」は、室町時代の禅宗の発達とともに、多くの寺院で用いられ発達しました。
 
それは、庭から水を廃し、石や砂を使って風景を表現した「侘(わ)びの庭園」です。
 
枯山水の庭園は、非直線・非対称性(アシンメトリー)で構成されています。
人間という主体をあくまでも無化して、自然が自ら創造したような空間であることが、庭園の理想なのでした。
 
その特徴は、禅の教義や世界観を表現するもので、
「自然を敬う心」「侘び(不完全の美)」です。
 
おそらく、庭園と聞いてベルサイユの庭園のようなのを思い浮かべる人が、龍安寺の石庭を紹介されたりすると、「なにこれ?」ってなるでしょうね。
 
狭いは貧相だは、池はおろか木すらないじゃんとなります。
 
しかも「枯れ」てますから。
なんでわざわざ庭園につきものの川や池をのぞいて、色のない荒涼の世界を作るのだ?と思われても仕方がないです。
 
このモノトーンの「枯れ」の趣を好むのは、四季の自然に寄り添って暮らしてきた日本人ならではでしょう。
 
でもまあ、龍安寺の石庭は、エリザべス女王が絶賛したことで、広く西洋人にも知られるようになりました。
最近では、故スティーブ・ジョブズ氏が、禅寺大好きで知られていますね。
 
枯山水の庭は、京都にいくつかありますが、私はこの龍安寺の石庭が一押しです。

 

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枯山水の代表・龍安寺の石庭

 

 
龍安寺は、室町時代に創建された臨済宗妙心寺派の寺院です。
世界遺産の1つで有名なのですが、全く豪華な庭ではありません。
 
枯山水の石庭は、動画の1:30あたりからですよ。
「わびさび」の世界観を、お伝えできると思います。

  ↓↓↓

 
その広さは、幅25m、奥行10mほど。
そして、白砂の敷地に、大小15個の石が、ぽつんぽつんと配置されているだけの庭です。
 
そして、ほとんどの場所からは、14個の石しか見えない作りになっています。
これは、「侘(わ)び」の「不完全の美」を表現しているのだそうです。
 
この「侘(わ)び」に「寂(さ)び」をプラスしたいと思ったら、観光客のいない(少ない)日を狙って行くしかなく、今は観光客が増えているので難しいですね。
 
この石庭は、見れば見るほど謎が深まる庭なのです。
 
室町時代に作られたのは確かなようですが、作者は不明、なぜ15個の石をこのように配置したのかも不明です。
 
「禅の思想」を体現したもので、とにかく、「抽象化」を極めた空間となっています。
 
ですから、見る側にイマジネーションが沸かなければ、なんにも機能しないただの貧相な庭なんですね。
 
逆に、ジョブズのようにイマジネーションを羽ばたかせることのできる人には、無限の可能性を見せる庭となります。

 
 

おわりに

 

 
日本と西洋の文化は、人間の根底にある宗教観が全く違うので、面白いぐらい異なります。
 
それは単純に文化の「相違」なのであって、そこに「優劣」は存在しません。
どちらも、それぞれの長い歴史の中で育まれた素晴らしい文化・芸術です。
 
だからこそ、人は旅をし、書物を読んで、その違う価値観を知って楽しみたいと思うのでしょう。