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「百人一首」の歌人の中に「六歌仙」という言葉が出てきました。
今回は、「六歌仙」とは誰の事で、誰が選んだのか、まとめます。

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「六歌仙」とは

 
六歌仙は「古今和歌集」の選者の1人の紀貫之が、その仮名序で選んだ特にすぐれた歌人6人を指します。
 
紀貫之は、「六歌仙」という名称を使っていません。
これは、後世に作られた名なのです。
 
仮名序には、ただ「近き世にその名聞こえたる人」と書かれています。
また、官位の高い人は除いたという意味のことも記されています。

 

六歌仙
●在原業平 (ありわらのなりひら)17番
●僧正遍昭 (そうじょうへんじょう)12番
●小野小町 (おののこまち)9番
●文屋康秀 (ふんやのやすひで)22番
●喜撰法師 (きせんほうし)8番
●大伴黒主 (おおとものくろぬし)

六歌仙のうち、在原業平小野小町、文屋康秀は、多くの歌合で顔を合わせていた友人でした。僧正遍照も同じくです。
この4人は、割と性格が際立っているので、覚えやすいです。
仲良し4人組として丸っと覚えましょう。(^^)v
 
喜撰法師は、宇治で隠遁生活を送っていて、残っている歌はこの8番のみです。
大伴黒主(大友黒主)は、六歌仙で唯一、「百人一首」に選ばれていません。
生没年不詳であまり詳しい事がわかっていない人です。
 
6人なのでそのまま覚えられると思いますが、語呂合わせをひとつ。
 
「大・小の・僧が・喜ぶ・文(ふみ)が・在る」
⇒「大伴・小町・僧正・喜撰・文屋・在原」

 

 

紀貫之による「評価」

紀貫之は、優れた6人と選んでいる割には、結構厳しい評価を下しています。
それは、彼の性格にもよるでしょうが、柿本人麻呂と山部赤人という二大歌仙を偉大な歌人と考えていたため、彼らには及ばないとみなした評価のようです。
 
「仮名序」の文とその訳を紹介します。

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「古今和歌集」の仮名序

僧正遍照

「僧正遍照は、歌のさまは得たれども、誠すくなし。例えば、絵にかける女を見て、いたづらに心を動かすがごとし」
 
訳:僧正遍照は歌のかたちはできていますが、本心が少ないのです。
たとえば、絵に描いた女を見せて心を動かさせようとするようなものです。

在原業平

「在原業平は、その心余りて言葉足らず。萎める花の、色無くて臭い残れるがごとし。」
 
訳:在原業平は、思いあまって言葉足らずのところがあります。
しぼんだ花の美しさがなくなったのに匂いは残っているようなものです。

文屋康秀

「文屋康秀は、言葉は巧みにて、そのさま身におわず。言わば、商人のよき衣きたらんがごとし。」
 
訳:文屋康秀は言葉はたくみですが、その形は内容に合っていません。
いってみれば、商人がいい服を着たようなものです。

喜撰法師

「宇治山の僧喜撰は、言葉かすかにして、初め終りたしかならず。言わば、秋の月を見るに、暁の雲にあえるがごとし。」
 
訳:宇治山の僧・喜撰は言葉がわずかで、始めと終わりがはっきりしていません。いってみれば、秋の月を見ていると暁の雲に隠れたようなものです。
詠んだ歌が多く知られていないので、あれこれ比較してみることもできません。

小野小町

「小野小町は、古の衣通姫の流なり。哀れなるようにて、強からず。言わば、良き女の悩める所あるに似たり。強からぬは、女の歌なればなるべし。」
 
訳:小野小町は、むかしの衣通姫の流れです。
趣があるようであって、強くはありません。
いってみれば、身分の高い女が病に悩むところがあるのに似ています。
強くないのは女の歌だからでしょう。

大伴黒主

「大伴黒主は、そのさまいやし。言わば、薪負える山人の、花のかげに休めるがごとし。」
 
訳:大伴黒主は、かたちが貧弱です。
いってみれば、薪を負った山人が花の蔭に休んでいるようなものです。

まとめ

★「六歌仙」を選んだのは紀貫之
★「古今和歌集」の「仮名序」に六歌仙の評価を載せている
★なせか、結構評価は厳しい

 
紀貫之は、かなり辛辣に批評していますね・・・。(´・ω・)
しかし、他の歌人よりはうまいと評しているので、毒舌家だったのかも?

 

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