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秋の和歌は、ご紹介したい素敵な歌がたっくさんあるので、2記事に分けました。
 
今回は、ストレートに「秋」を詠んだ歌を、百人一首を中心にまとめましたよ。

 

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「秋」を詠んだ和歌

 

 
「秋」は秋でも、いろんな秋が詠まれています。
 
「秋の田」「秋の月」「秋風」「秋の夕暮れ」などなどです。
 
万葉集の頃は、秋の自然の美しさを素朴に歌ったものが多いです。
平安時代になると、現代と同じように「秋=物悲しい」というイメージが出来上がります。
 
それが、歌にも反映されているのが分かって、面白いですよ。

 
 

9.秋山に 霜降り覆(おほ)ひ 木の葉散り 年は行くとも 我れ忘れめや

 
柿本人麻呂・万葉集
 
【訳】秋山に霜が降りおおって、木の葉が散って、年が過ぎ行きても、私はあなたのことを忘れたりはしません。
 
万葉の歌人らしい、自然の情景をしっかり詠みこんだ歌です。
 
平安時代の貴族の歌とは、また別の趣があって素敵です。

 

10.君待つと 吾が恋ひをれば 我が屋戸の すだれ動かし 秋の風吹く

 
額田王(ぬかたのおおきみ)・万葉集
 
【訳】君(あなた)を待って恋しく思っていると、我が家のすだれを動かして秋風が音を立てているわ。
 
私は、万葉集がすごく好きなのですが、中でもこの額田王の歌が大好きです。
額田王は、美女としても数々の逸話を残していますが、伝説ばかりで、実際にどんな人だったのかはわかっていないのですね。
でも、和歌だけは、たくさん残っています。
 
それだけ、素晴らしい歌詠みだったってことです。
 
彼女は恋の歌が多く知られていますが、秋が好きな人でした。
この歌は、次にご紹介する近江天皇=天智天皇を想って詠んだ歌です。
 
秋風がすだれを動かしている揺れから、愛する人を待つ女性の恋心の揺れを、見事に調和させた歌ですね。
 
額田王は、娘のお見合いに同席したとき、相手の男性が、娘ではなくおそらく当時30歳前後だった額田王のほうに惚れてしまったという逸話の持ち主です。
 
そして、もとは天武天皇(大海人皇子)の妻だったのを、兄の天智天皇が略奪したそうです。
 
まあ、当時の最高権力者が欲しがるほどの、相当な美女だったよってことですね。
 
略奪婚に関しては、当時は、現代人のようなうっとおしい倫理観はなかったので、ちょっと今度はお兄さんと仲良くすることにするわ~ぐらいのノリだったのかもしれませんよ。
 
額田王は、天智天皇にも、別れた後の天武天皇にも、美しく情深い歌を送り続けています。
 
万葉人のおおらかさが出てますね。
 

 

11.秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

 
天智天皇・後撰集・百人一首1番
 
【訳】秋の田のほとりに作った仮小屋に泊まって刈り取った稲の番をしていると、小屋の屋根をふいたり、小屋回りをかこんだりしている苫の目が隙間だらけで冷たい夜露が忍び込んでくる。その夜露に着物の袖がぬれてしまっているなあ。
 
この歌は、農作業で泊まりの番をする農民の夜の様子を描いたものです。
静かに黙想する静寂さと晩秋の夜の透明感が伝わり、なんとも思索的な雰囲気が感じられますね。

 

12.今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな

 

 
素性法師・百人一首21番
 
【訳】「今行くよ」と言ったあなたを起きてずっと待っていたら、現れたのはあなたではなくて9月の有明の月だった。まるでその月を待つために起きていたみたいだわ。
 
「長月」は陰暦の9月、日が落ちるのが早くなる晩秋です。
「有明の月」は、15夜(満月)を過ぎた16夜以降の、夜更けに上り始めて夜明けまで空にうっすら残る美しい月です。
 
この歌は、素性法師が、秋の夜長に愛しい人を待つ女性になりきって詠んだ歌なのでした。坊主のクセに女性のフリとは面白い趣向です。
 
当時は、こういう遊びをよくやっていたみたいです。
紀貫之なんて、「日記」でやっちゃいましたね。(「土佐日記」)

 

13.吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐というらむ

 
文屋康秀・百人一首22番
 
【訳】吹くとすぐに秋の草木がしおれてしまう。そうか、だから山から吹く風を「山」に「風」と書いて「嵐」というのだなあ!
 
2つの漢字を合わせた言葉(漢字)遊びを取り入れた技法で、すごく変わった歌で面白いです。「嵐」と「荒らし」が掛詞になっていますね。
 
文屋康秀は、貴族的な情感のある優美な歌ではなく、技巧を凝らした歌を得意とした下級官吏です。これは、是貞親王(これさだしんのう)の歌合によばれたときに即興で詠んだ歌です。冬の訪れが近い荒々しい山風の吹く無骨な「秋」を表現していますね。

 

14.月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど

 
大江千里・古今集・百人一首23番
 
【訳】月を見上げるといろいろな思いがあふれて悲しくなるよ。私一人のための秋ではないというのにね。
 
是貞親王(宇多天皇の兄)の歌合によばれたときに詠んだ歌です。
自分が感じる秋の物悲しさを、白居易の切ない詩と融合させています。
 
また、「千々(ちぢ)=たくさん」と「ひとつ」を対比させ、秋という壮大な自然とちっぽけな一人の人間のスケールの違いを際立たせています。

 
 

15.白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける

 

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文屋朝康・後撰集・百人一首37番
 
【訳】白露に風がしきりに吹きつけている秋の野原は、ひもで止めていない水晶の珠がこぼれ散って舞っているようだよ。
 
六歌仙の文屋康秀の息子です。
 
一面の秋の野に「白露」が風にきらめいて揺れ散り乱れるようすを、「玉」(真珠)にたとえています。
一瞬の情景を、比喩を用いて繊細な美しさで表現しているところが素晴らしいです。

 

16.八重桜 しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり

 
恵慶法師・拾遺集・百人一首47番
 
【訳】やえむぐらが生い茂るようなこのさびしい屋敷に、人の姿はなくったって秋はちゃんと来てくれているんですね。
 
この歌は、源融の「河原院」跡を詠んだ歌です。
 
源融がいたころは、季節ごとに豪華な催しをし、池に海水を運ばせて藻塩を焼いたという説話が、宇治拾遺物語や伊勢物語にも取り上げられ残っています。
 
秋の寂しさが、かつては栄えた寂れた屋敷の寂しさと相まって、物悲しい情感を感じさせます。

 

 

17.さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこも同じ 秋の夕暮れ

 
良暹法師・百人一首70番
 
【訳】あまりの寂しさに家から出て、景色を眺めてみても、やはりどこだって寂しい秋の夕暮れが広がっているよ
 
平安後期以降は、「秋の夕暮れ」という結句が、和歌で流行します。
能因法師と良暹法師は、僧となっても、文化人としての生き方のほうが強く感じられる人たちです。
 
家にいても外に出てみても寂しい、とにかく寂しんぼの歌って感じです。
僧がたくさんいた賑やかな比叡から一人京の果ての大原に移り住んだ寂しさを、ストレートに表現しています。
 
やはり、秋の歌は、寂しさを表すものが多いですね。

 

 

18.夕されば 門田の稲葉 おとづれて 葦のまろやに 秋風ぞ吹く

 

 
大納言経信(源経信)・金葉集・百人一首71番
 
【訳】夕方になると、山荘の門前に広がる稲の葉を、さやさやと音を立ててそよがせ、さらにこの葦ぶきの家にまで秋風が吹きよせてくるよ。
 
「芦のまろや」は屋根が芦葺きの粗末な小屋という意味ですが、ここでは源師賢の別荘のことです。
この歌は、源師賢の梅津の山荘に、親しい歌仲間が集って、「田家秋風」という題で詠んだ歌です。
 
秋の美しい風景を詠んだ叙景の歌ですね。

 

19. 秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ

 
左京大夫顕輔(藤原顕輔)・新古今集・百人一首79番
 
【訳】秋風に吹かれてたなびいてゆく雲の切れ目から、もれ出てくる月のひかりがきらきらと明るく澄みきっているなあ。
 
秋の美しい空を詠んだ歌ですね。
雲の隙間から顔を覗かせる美しい月の光の表現が見事です。
 
「月の影」は、ここでは「月の光」を意味しますよ。

 

20.村雨の 露もまだひぬ 真木の葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ

  
寂蓮法師・百人一首87番
 
【訳】にわか雨がさっと通り過ぎ、雨の露もまだ乾ききらないヒノキや松の葉に、霧が立ち上っている秋の夕暮れだなあ。
 
「村雨」は、にわか雨のことです。
そして、「露」は秋の風物詩です。
この歌では、その「露」が主人公になっていますね。
 
「露」は秋の晴れた夜にできる水滴のことで、「白露」はそれを美化した表現です。
 
村雨が降りやんで、葉の上に美しい滴が見え、それが霧に包まれていく夕暮れへと変化していく美しい光景が目に浮かびます。

 

21.きりぎりす 鳴くや霜夜の さ筵に 衣かたしき ひとりかも寝む

 

 
後京極摂政前太政大臣(藤原良経)・新古今集・百人一首91番
 
【訳】夏が過ぎたのにまだリリリと鳴いているコオロギの声がする霜夜。恋しい人のいない今、せまい筵(むしろ)の上に片方だけ衣を引いてひとり私は眠るのだろう。
 
「キリギリス」は、今の「コオロギ」のことです。
   
平安時代は、男性と女性が一緒に寝る場合は、お互いの着物の袖を重ねて敷いていました。ですから、「片敷き」とは、寂しい独り寝のことをいいます。
 
妻を亡くして一人で寝る夜の、孤独感があふれる秋の寂しさが伝わります。
良経は摂政太政大臣に上りつめますが、2年後38歳で刺殺されます。

22.み吉野の 山の秋風 小夜更けて ふるさと寒く 衣うつなり

 
参議雅経(藤原雅経)・百人一首94番
 
【訳】吉野の山から冷たい秋風が吹いてくる。夜が静かに更けてゆくなか、かつて都であった古い里に、衣を砧(きぬた)で打つ寒々とした音が響いている。
 
藤原雅経は、「新古今集」の撰者の一人で、蹴鞠(けまり)の元祖である飛鳥井家(あすかいけ)の創始者です。
 
藤原定家(97番)後鳥羽院(99番)順徳院(100番)源実朝(93番)は、みな「蹴鞠仲間」でした。
 
「吉野」は現在の奈良県吉野郡で、万葉の時代から桜の名所として名高い地です。
「み」は言葉の頭につける美称です。
 
「ふるさと」は「古里」、古代の都があった所という意味です。
吉野にはいにしえの離宮がありました。
 
いにしえの都の離宮がありかつて栄えた吉野の里が、今は古びてしまったのと、秋の深まりが相まって、いっそう物寂しく響きますね。

 

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