この記事を読むのに必要な時間は約 5 分です。

「七福神」はその名の通り七つのご加護がある七神をまとめて指すものです。
七福神は室町時代に完成したといわれますが、異国の神様が多いのは禅宗の広がりと深い関係があるからです。

スポンサーリンク

七福神の由来

平安時代の日本では、日本固有の神々と異国から渡ってきた神様との融合がすすめられました。これを「神仏習合」といいます。
たとえば、七福神の一神の「大黒天」は、元はインドの神様で日本の「大国主命(おおくにぬしのみこと)」と習合されたものです。

恵比寿天だけが日本の神様です。
大黒天と毘沙門天と弁財天はインドのヒンドゥー今日の神様です。
大黒天はヒンドゥーの神「マハーカーラ」で、暗黒をつかさどる神さまでした。
同じく、毘沙門天は財宝神「クベーラ」、弁財天は水と豊穣の神様「サラスバティー」でした。
布袋尊と寿老人と福禄寿は、中国の道教の神様です。

恵比寿天について

恵比寿は、「恵比須」「戎」とも表されます。
恵比寿は、古事記・日本書紀では「水蛭子(ヒルコ)」とよばれ、国造りの神「イザナギノミコト」と「イザナミノミコト」の第1子とされます。
しかし、「ヒルコ」は3歳になっても自分で立つことができなかったため、葦(あし)の船に乗せて海に流されてしまいました。親に捨てられてしまったのですね。

「西宮神社」の伝説によると、海に流された「ヒルコ」は兵庫県西宮の「摂津国西の浦」に流れ着いて、その地の人々に拾われて大切に育てられます。「ヒルコ」はその後「戎三郎(エビスサブロウ)」と呼ばれるようになりました。

こうして、
親に捨てられた「ヒルコ」は「恵比寿天」と呼ばれるようになり、「海の神」として「七福神」の中でも「大黒天」と並んで最も有名な富と幸福をもたらす神になたのです。

恵比寿さまを祭る神社は、現在も瀬戸内海や日本海の海岸線などに散在します。
そして、「西宮神社」を総本社とする「えびす神社」は、現在全国約3500社に及びます。

コチラの記事も合わせてどうぞ(^^)♪
      ↓

「恵比寿天」(えびすてん)


通称「えべっさん」。七福神で唯一の「日本の神様」です。イザナギ・イザナミの第1子で3歳になっても歩けなかったため川に流され捨てられてしまい漂流した人々によって祀られたのが信仰の始まりとされています。元は「漁業の神様」で今は「商売繁盛の神様」として厚く信仰されています。

スポンサーリンク

「大黒天」(だいこくてん)

385714
大黒天は、大国主命(おおくにぬしのみこと)と神仏習合したものです。「恵比寿天」と並ぶ「七福神」の代表です。大きな袋を背負って、打出小槌(うちでのこづち)を持ち、頭巾をかぶった姿で描かれます。元は「農業の神様」「財宝・福徳開運の神様」として信仰されています。

毘沙門天(びしゃもんてん)


毘沙門天(びしゃもんてん)は「四天王の一神」で北方の守護神です。元はヒンドゥー教の神様でした。甲冑姿で矛と宝塔を持ち、邪鬼を踏む姿で描かれます。七福神唯一の「武神」です。「財運・大願成就の神様」として信仰されています。

「弁財天」(べんざいてん)

385711
七福神で「唯一の女神」です。ルーツはインド河の「水の神」でしたが、やがて「音楽・言語の神」となり日本に伝わりました。初めは「弁才天」と書きましたが、後に財宝・芸術に関係深い「吉祥天」の性質が吸収されて「弁財天」といわれるようになります。「知恵財宝、縁結びの神様」です。

「布袋尊」(ほていそん)


通称「ほていさん」。布袋尊は弥勒菩薩(みろくぼさつ)の化身といわれます。いつもにこにこ笑顔を絶やしません。背負っている袋には「宝物」がたくさん入っています。「笑門来福・夫婦円満の神様」として信仰されています

「寿老人」(じゅろうじん)

385720
寿老人は中国の「道教の神様で、手には巻物を括り付けた杖とうちわや桃を持って鹿を従えた姿で描かれます。うちわと桃は厄除け、鹿は長寿の象徴です。「長寿延命・富貴長寿の神様」として信仰されています。

 

「福録寿」(ふくろくじゅ)


福禄寿は「道教の長寿神」です。南極老人星の化身で人々の信仰を集めた仙人といわれます。長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳です。鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿で描かれます。「招徳人望の神様」として信仰されています。

 

 

 

スポンサーリンク