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こんにちは、このかです。
 
江戸の三大俳人といえば、松尾芭蕉・与謝蕪村・小林一茶をいいます。
 
江戸・元禄期以降は、たくさんの俳人がいました。
その中で、異彩を放っていたのが松尾芭蕉です。
芭蕉は、いわゆる元禄文化の時代に「俳諧」を作った人です。
 
そして、与謝蕪村と小林一茶は、それからしばらく後に花開いた俳人です。
今回は、画家としても優れた功績を遺す与謝蕪村について、お伝えします。

 

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与謝蕪村

与謝蕪村は、俳人である前に画家でした。
なので、写実的で絵画的な発句を得意としたのです。
蕪村の句からは、情景が浮かび上がるような感じがしますよ。
 
ときはバブルの元禄期から下り、享保期という景気低迷期に入ります。
蕪村はそんな時期に活躍した人で、俳画の創始者ともいわれています。
 
蕪村の俳諧は、ゆったりした穏やかな内容のものが多いく癒されますよ。

春の俳句

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● 春の海 ひねもす のたりのたりかな

のどかな春の海。一日中、のたりのたりと波打っているばかりだよ。

● 菜の花や 月は東に 日は西に

夕方近い一面の菜の花畑。月が東の空に登り、振り返ると日は西の空に沈もうとしているよ。

● 公達に 狐化たり 宵の春

なまめかしい春の宵。一人歩いていくと、ふと貴族の子息に出会った。あれはキツネが化けたものに違いない。

● 釣鐘に とまりてねむる 胡蝶かな

物々しく大きな釣鐘に、小さな蝶々がとまって眠っている。何とも可憐な姿だなあ。

● ゆく春や 逡巡として 遅ざくら

散らずにいつまでもぐずぐずと咲き続けている遅桜。過ぎ行く春を惜しんでいるからなのだろうか。

夏の俳句

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● 夏川を こすうれしさよ 手にぞうり

草履をぬいで手に持って、素足のまま夏の川をわたる。何ともうれしく、気持ちがいいなあ。

● 涼しさや 鐘をはなるる かねの声

なんども涼しげだなあ。鐘をつくたびに、その鐘の音は遠くへ離れていくようだ。

● 山蟻の あからさまなり 白牡丹

大きく真っ白な白牡丹の花びらに、山蟻が這っていく。その黒さが何とも印象的だ。

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● 絶頂の 城たのもしき 若葉かな

山頂に城がそびえ立っている。若葉に囲まれたその姿は、とても頼もしく感じられるよ。

● 鮎くれて よらで過ぎ行く 夜半(よは)の門

夜半に門をたたく音に出てみると、釣りの帰りの友が鮎を届けてくれ、寄っていけというのに、そのまま立ち去ってしまった。厚い友情を感じながらも、私は門のそばに立ち尽くすのみだった。

秋の俳句

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● 鳥羽殿へ 五六騎いそぐ 野分(のわき)かな

野分が吹き荒れる中、五、六騎の武者たちが鳥羽殿に向かって一目散に駆けていく。その後を追うように、野分はいっそう激しく吹きつのっている。

● 山は暮れて 野は黄昏の 薄(すすき)かな

遠くの山々はすでに暮れてしまったが、近くに見える野はまだ暮れなずんでいてほの明るい。薄が風にゆれているのだなあ。

● 月天心(つきてんしん) 貧しき町を 通りけり

夜半の月が中空に輝いている。その月の光を浴びながら、貧しい家の立ち並ぶ町を通ると、どの家からも灯りがなくひっそり寝静まっている。

● 秋たつや 素湯香しき 施薬院

施薬院にも秋が来たなあ。薬湯を飲む患者は白湯で薬を飲むが、本来なら味もない白湯にも香ばしい薬の香りが漂う、それは偏に秋の冷涼な空気のせいだろうよ。

● 朝顔や 一輪深き 淵のいろ

すがすがしく朝顔が咲いているなあ。その中の一輪は、底知れぬ淵のような深い藍色をしていて、とても美しい。

冬の俳句

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● 水鳥や 枯木の中に 駕二挺

冷たい水面に、水鳥たちが泳いでいるなあ。対岸の冬木立の中には、かごが二挺乗り捨てられていて、辺りには誰もいない.

● 椋鳥と 人に呼ばるる 寒さかな

故郷を出てきたものの、あいつはこの寒い冬に、のこのこと出稼ぎにいく椋鳥のようだだなどと人が陰口をたたく。寒さがますます身にしみる。

● 雪散るや おどけもいへぬ 信濃空

雪がちらちら降ってきた。冗談ではない、ここは雪国の信濃だ。大雪を前にしてそれどころではない。

● 斧入れて 香におどろくや 冬木立

冬木立の中で、枯木に斧を打ち込んだ。ところが、新鮮な木の香りが匂ってきたので驚いたんだ。

● 楠の根を  静かにぬらす 時雨かな

大きな楠の木。その根元を時雨が静かに濡らしている。なんと森閑とした風景なんだ。

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