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91番、92番の歌は、共に「本歌取り」の歌です。
この時代、本歌取りの技法が流行しました。
 
藤原定家が「本歌取り」が好きだったのは、よく知られています。
 
藤原良経の歌は、「百人一首」の中で唯一「虫」が出てくる歌です。
 
「キリギリス」と「コオロギ」は、当時と今で反対の虫を指します。
ですから、この歌の虫「キリギリス」は「コオロギ」のことです。

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91.御京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだじょうだいじん)

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後京極摂政前太政大臣は藤原良経。
藤原忠通(76番)の孫で九条兼実の息子です。


 
祖父も父も関白というエリート家系です。
後鳥羽院(99番)のもとで『新古今集』を監修しました。
 
この歌は、2首の歌をふまえて詠んだ本歌取り」の歌です。
「さむしろに 衣かたしき今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫」(古今集)
「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜をひとりかも寝む」(3番)

 
きりぎりす 鳴くや霜夜の さ筵(むしろ)に
衣かたしき ひとりかも寝む

 

【覚え方】きりぎりすの衣

夏が過ぎたのにまだリリリと鳴いているコオロギの声がする霜夜。恋しい人のいない今、せまい筵(むしろ)の上に片方だけ衣を引いてひとり私は眠るのだろう。

 
「キリギリス」は、今の「コオロギ」のことです。
 
「さむしろに」の「さ」は接頭語。
「さむしろ」と「寒し」は、掛詞になっています。
  
平安時代は、男性と女性が一緒に寝る場合は、お互いの着物の袖を重ねて敷いていました。ですから、「片敷き」とは、寂しい独り寝のことをいいます。
 
秋の寂しさがひしひし感じられる歌です。
妻を亡くして一人で寝る夜の、孤独感があふれていますね。
 
良経は摂政太政大臣に上りつめますが、2年後38歳で刺殺されます。

  

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92.二条院讃岐(にじょういんのさぬき)


 
二条院讃岐は源頼政の娘です。
二条院に仕えた後、藤原重頼と結婚しました。
後鳥羽天皇の中宮、宜秋門院任子(ぎしゅうもんいんにんし)にも仕えます。
それから後、父・源頼政が「以仁王の乱」で敗北たのを受けて出家しました。
 
この歌は「寄石恋」(石に寄する恋)という題詠みの歌です。
「わが袖」を潮が引いたときにも見えない「沖の石」にたとえています。
 
和泉式部の百人一首の歌56番の本歌取り」です。
「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」(56番)


 

わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の
人こそ知らね 乾く間もなし

 
【覚え方】わが人こそ

私の袖は引き潮の時にも海に沈んでいる沖の石のようにずと濡れたまま。人は知らないでしょうけれどあの人を思って流す涙で乾く間もないほどなのです。

 
またまた出てきました「濡れた袖」!
古典でたびたび使われる表現です。
涙が乾かないほど流れ続けるという大げさな表現ですね。
 
この歌は、「水の下なる石」という表現を見えないはるか彼方の沖の石にしたことで高い評価を得、作者は「沖の石の讃岐」とよばれるようになりました。

 

 
「百人一首」全首の詳細はこちらから(´▽`)♪↓

 

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