この記事を読むのに必要な時間は約 5 分です。

俊恵法師は、源俊頼(74番)の子で「三船の才」・源経信(71番)の孫です。

スポンサーリンク

【参考】 祖父・源経信の歌
【参考】 父・源俊頼の歌
 

「百人一首」には、親子で歌が選ばれた人が18組います。
また、祖父母と孫の歌が選ばれた人は9組です。
 
しかし、3代となるとなかなかいません。
この俊恵法師の父と祖父、1組だけです。
 
和歌の才能と文化遺産に恵まれた家系と分かりますね。
 
ちなみに、兄弟選ばれた人は・・・、
こちらも1組だけ、在原行平・業平兄弟(16・17番)がいます。

 

85.俊恵法師(しゅんえほうし)

2a2311d5580accf8510793fec59a9a38_s
 
俊恵法師は、源俊頼(74番)の子で源経信(71番)の孫。
鴨長明の師として、知られています。
 
奈良・東大寺の僧ともいわれます。
京都・白川の自らの僧坊を「花林苑(かりんえん)」と名付け、幅広い身分・年齢の歌人を集めた歌会グループを作りました。
 
「花林苑」のメンバーに、道因法師(82番)藤原清輔(84番)殷富門院大輔(90番)讃岐(92番)がいます。

 
この歌は、俊恵法師が女性の立場に立って詠んだ歌です。

 
夜もすがら もの思ふころは明けやらで
閨(ねや)のひまさへ つれなかりけり

 

【覚え方】夜の閨

一晩中、悲しい恋を想っているとなかなか夜が明けない。光がさしこまない寝室の、扉の隙間まで私に意地悪しているように思えるわ。

 

「夜もすがら」は「一晩中、夜どおし」という意味です。
「もの思ふ」は、つれない人を想って思い悩むという意味です。
恋の歌によく使われる表現です。
「ねや(閨)」は「寝室」のことで、「ひま」はもともと空間的な「隙間」を意味するものなのですが、時間的なことや心理的な「隙間」という意味にも使われます。
 
お坊さんが女性の立場で詠んだ歌なのですが、すごい恋煩いの歌ですね。
煩悩たっぷりの歌を詠んでいて面白いです。
 
やはり、この人は坊主というより文化人です。(*’▽’)

スポンサーリンク

86.西行法師(さいぎょうほうし)

d511f765cf08d25429b3b05a53cb961d_s
 
西行法師、俗名は佐藤義清といいました。
藤原俊成(83番)の友人です。
中世最大の歌人の1人といえるでしょう。

 

定家パパ・藤原俊成の歌はこちらです♪↓

 
西行は、鎌倉武士です。
北面の武士として鳥羽院に仕えていましたが、23歳で出家します。
 
出家後は、陸奥(東北地方)や四国・中国などを旅して数々の歌を詠みます。
陸奥へ行ったのは、藤原実方(51番)を尊敬していたからだとか。
陸奥は歌枕として有名な地でもあります。
放浪の旅に出て『山家集』などを執筆しました。

【参考】 藤原実方の歌
 
この歌は「月前の恋」というお題を与えられた題詠です。
 

 
嘆けとて 月やはものを 思はする
かこち顔なる わが涙かな

 
【覚え方】嘆けかこちゃん

嘆きなさいと、月が俺に物思いをさせるのだろうか。いや、そんなことはない。それなのに、すべて月のせいだといわんばかりに、こぼれ落ちてゆく涙だよ。

 
「かこち顔」というのは、恨めしそうな顔のこと、「かこつ」は「他のもののせいにする」という意味です。
  
西行の歌は「月」を題材にしたものが多いです。
恋の歌、花(桜)の歌も多いです。
 
「北面の武士」という誉れ高い役職も、妻子も捨てて出家した自分に「月」を重ねていたのでしょうか。
「春に桜の花の下で死にたい」という歌を詠むほど「花」も愛しました。 
そのとおり、如月の望月のころ、桜の下で亡くなったそうです。

 
「百人一首」全首の詳細はこちらから(´▽`)♪↓

 

スポンサーリンク