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能因法師と良暹法師。
どちらも僧ですね。
そしてどちらも「秋」の歌です。
 
能因法師は「龍田川の紅葉」を詠んでいます。
このお題で詠んだ歌、他にもありましたね。
1.ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは
 
他に「紅葉」を詠んだ「秋」の歌は
2.奥山に もみぢ踏みわけ 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき
3.山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり
4.小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば いまひとたびの みゆき待たなむ
5.このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみじの錦 神のまにまに

  (「旅」の歌)
 
誰の和歌か、覚えているでしょうか?
答えは記事の一番最後に。(*^▽^*)
「紅葉」は「秋」の題にしては、色鮮やかで豪華なイメージがあります。

 

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69.能因法師(のういんほうし)

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能因法師は、和歌が大好きな人でした。
大学寮で学んで文章生となりましたが、26歳の時に出家します。
東北や中国・四国地方など、いろいろな場所を旅しています。
 
この歌は「内裏歌合(だいりうたあわせ)」で「紅葉」という題で詠んだ歌です。ですから、その風景を目の当たりにして詠んだわけではありません。
 
ただ、能因法師は「能因歌枕」を書いた人で、歌枕に関心があり、よく旅に出た人です。
様々な土地の風景を見て生きているはずなので、このような煌びやかな風景を詠めるのでしょう。
 
※「歌枕」とは、和歌によく歌われる「名所」のことを指します。
能因法師は、特に陸奥(みちのく)(現在の東北地方)が好きでした。

 
嵐ふく 三室(みむろ)の山の もみぢ葉は
龍田の皮の 錦(にしき)なりけり

 
【覚え方】嵐ふく龍田さん

嵐山の吹く三室山の美しい紅葉は、龍田川に散ってゆき、川面はまるで豪華な「錦の織物」のようだなあ。

「嵐」は、現代のような荒れた嵐ではなく、山から吹き下ろす強い風のことを指します。
「三室」は大和国・現在の奈良県生駒郡にある山です。
ここは今も、紅葉の名所として有名です。
 
「錦なりけり」の最後の「けり」は詠嘆の助動詞の終止形。
強い感動を表します。
 
色鮮やかな紅葉が敷き詰められた様子を、絢爛豪華な「錦の織物」に見立てています。
美しい風景の写真を見ているような気分になりますね。(*’▽’)

 

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70.良暹法師(りょうぜんほうし)

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良暹法師は生没年不詳で、あまり史料の残っていない人です。
母親が、藤原実方(51番)の家で仕えていたという説があります。
 
良暹法師は比叡山の僧でした。
後に洛北の雲林院(うりんいん)、その後、大原の草庵で暮らしたといわれます。
雲林院って、どこかで出てきましたよね。
どこだったでしょう。↓

【ヒント】12番「僧正遍照」です♪
 
この歌は、秋の憂鬱で寂しい気分を表した一首です。
上の歌と比較すると、いっそう寂しさが際立つように感じます。

 
さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば
いづこも同じ 秋の夕暮れ

 
【覚え方】さびしさいずこ

あまりのさびしさに家から出て、景色を眺めてみても、やはりどこだってさびしい秋の夕暮れが広がっているよ

平安後期以降、「秋の夕暮れ」という結句が、和歌で盛んに使われるようになります。
能因法師と良暹法師は、僧でありながら、文化人としての生き方が強い人たちです。
 
一人で大原の草庵に移り住んだ当初の、寂しさや心細さがひしひし感じられる歌です。比叡山はたくさんの僧侶がいて賑やかだったでしょうから。
 
大原は、今でも結構、田舎ですので、当時はさぞ人気(ひとけ)がなかったことでしょう。

和歌の作者の答え

書き出しの「紅葉」の和歌の作者の答えです。(#^^#)
 
1.在原業平(17番)
2.猿丸太夫(5番)
3.春道列樹(32番)
4.貞信公(26番)
5.菅家(24番)

 
「百人一首」全首の詳細はこちらから(´▽`)♪↓

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