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百人一首35番に選ばれたのは日本文学史上、非常に重要な人物、紀貫之です。日本文学に多大な功績を遺したと称えられる人で、「古今和歌集」の仮名序と「土佐日記」は特に有名です。

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35.紀貫之(きのつらゆき)

 

紀貫之は「古今和歌集」の4人の選者の一人で、「土佐日記」の作者です。
文学史上、多くの歌人から最大の敬意を払われてきた人物で、藤原定家もその一人です。
200年の時を経て、藤原定家が「土佐日記」の写本を残したのは広く知られています。この写本は紀貫之の自筆本を手本にしてなるべく正確に書き写したもので、筆跡までそっくりとされている貴重なものです。


「土佐日記」は日本史上初の日記文学で、女流作家による日記文学に多大な影響を与えました。「蜻蛉日記」「更級日記」「紫式部日記」「和泉式部日記」などに影響を与えています。内容は土佐から京へ戻る道中の紀行文(日記)です。フィクションも混じっているため文学作品として成立しています。
なぜ女流作家に影響を与えたのかというと、この日記が「仮名(かな)」で書かれたものだったからです。当時、男性は漢字で書くのが常識で、仮名(かな)は女性が使うものでした。仮名で書きたいけれど、男性が仮名を使うことははばかられたため女性のフリをして書いたものといわれています。しかし、この通説は藤原定家が解釈したもの(女性仮託と記しています)なので、紀貫之がそう思って書いたかどうかは不明です。

「古今和歌集」は醍醐天皇の命で選ばれた史上初の「勅撰和歌集」です。
全20巻で歌数は総勢1111首といわれます。後の3人の選者は、紀友則(33番)、凡河内躬恒(29番)、壬生忠岑(30番)です。

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さて、前置きがすごく長くなってしまいましたが、(^_^;)
この歌は、紀貫之が大和の初瀬を訪れたとき、かつてのように知人(女性)の家に泊めてもらおうと屋敷の前で文を出したときのものです。
その文の返歌が素っ気ない物だったため、再び返した歌がこの一首です。

人はいさ 心もしらず ふるさとは
花ぞむかしの 香ににほひける

【覚え方】人は花ぞ

あなたのお気持ちはどうかわかりませんが、私がなつかしい故郷だと思っている梅の花は、昔と変わらない香りを漂わせてくれていますよ。

古典の世界では「花」=「桜」ですが、この歌の「花」は「梅の花」です
詞書にはっきりそう記されています。

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贈答歌なので相手は決まっています。ここでの「人」はその宿の女性です。
「人はいさ」の「いさ」は下に「知らず」がきて「さあどうだか」という意味になる副詞です。「あなたは、さあどうだか心のうちは知りませんが」となります。「人の心の移ろいやすさ」と「梅の花の変わらぬ美しさ」が対照的ですね。

36.清原深養父(きよはらのふかやぶ)

清原深養父清少納言(62番)の曾祖父です。「古今和歌集」「後選和歌集」に多くの歌が選ばれています。
官位は従五位下(あまり高くない)ですが、宮中儀式に使う織物や絵画、金銀細工、宝石、屏風、漆器などを管理する仕事をしていました。
琴の名手でもあります。

夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを
雲のいづこに 月宿るらむ

【覚え方】夏の雲

夏の夜はまだ夜が始まったばかりだと思っているうちに明るくなってきてしまった。今頃どの雲を宿にして眠っているのだろう、あの美しいお月様は。

夏の夜の歌です。「秋の夜長」に対する「夏の短夜」を誇張的に表現しています。月が雲にお宿をとったと「擬人法」を使っています。
非常に理知的な歌でもあります。

深養父はこの夜、徹夜したのでしょうか?
どういう心境でずーっと夜明けの月を探していたのか謎です。
琴でも奏でていたのかな?(´・ω・)

追記

「古今和歌集」には仮名で書かれた「仮名序」と「真名序」の二つの序文があり、紀貫之が記した「仮名序」は非常に重要です。
「やまとうたは、人のこころをたねとして……」で始まるこの「仮名序」は、優れた歌論、歌学のさきがけとして非常に文学的で歴史的価値の高いものと考えられています。この冒頭は覚えている人も多いのではないでしょうか。
「やまとうた」=「和歌」です。

そして、この「仮名序」で紀貫之は「六歌仙」を選びました。
六歌仙は在原業平(17)、小野小町(9)、僧正遍照(12)、文屋康秀(22)、喜撰法師(8)、大友黒主です。
六歌仙のうち5人「百人一首」に名を連ねています。





 
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