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百人一首5、6番は、奈良時代後期の歌人の一首です。百人一首の名前は「官位」を用いたものが多いので、補足しています。

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5.猿丸太夫(さるまるだゆう)


生没年不詳の伝説の歌人です。三十六歌仙の一人です。奈良から平安初期に活躍したといわれます。この歌は古今集に「詠み人知らず」として載っています。

奥山に 紅葉(もみぢ)踏み分け 鳴く鹿の
声聞くときぞ 秋は悲しき

【覚え方】奥山(君)の声を聞く

山の奥深く、もみじを踏み分けながら妻を恋しく思ってなく鹿の声を聞くと、なおさら身に染みて、しみじみと秋が悲しく感じられるなあ。

 

秋になると牡鹿は雌鹿を思って「キュイー、キュイー。」と鳴くといわれます。これは万葉集によく取り上げられるテーマです。奈良の山奥の、赤や黄色のもみじで敷き詰められた色鮮やかな地面と、そこから現れる立派な角をもった牡鹿の物悲しい表情が目に浮かびます。

「追記」

余談ですが、
なぜかこの歌を読むと、私はいつも花札の「鹿」の札を思い出します。


画像のちょうど真ん中あたりにいる鹿さん、ぷいっと首を後ろに向けてますね。「シカトする」の語源になったツンツン鹿さんなのでした。この花札の十月の絵札「鹿十(しかとう)」が、省略されて「シカト」という言葉になりました。本当の話ですよ。。。

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6.中納言家持=大伴家持(おおとものやかもち)

「大伴家(おおともけ)」は代々続く大きな豪族の家系でしたが、権力争いに負け徐々に傾いていきます。(藤原氏の勢力が強まり出した時代です。)

大伴家持は、現存する日本最古の歌集「万葉集」の編纂の中心人物とされています。想像力豊かで繊細な歌の多い歌人で、平安時代の歌人たちに大きな影響を与えました。三十六歌仙の一人です。父は歌人の大伴旅人(おおとものたびと)で、父の友人に山上憶良(やまのうえのおくら)がいます。

この歌は「宿直(とのい)」で御所の夜間警護をしているときに、夜空を見上げて詠んだ歌とイメージすると覚えやすいです。

 

かささぎの 渡せる橋に おく霜の
白きを見れば 夜ぞふけにける

【覚え方】 かさ(傘)が白い

天の川にカササギが渡すという端に、真っ白く霜が降りているのを見ると、夜がすっかり更けたのだと感じるよ。

 

「かささぎの橋」とは七夕の織姫と彦星の伝説のことです。山上憶良も「天の川」を歌に詠んでいます。これは奈良時代後期には、もう中国から七夕伝説が伝わっていたということを示します。

そして家持は、この「かささぎの橋」を平城京の御殿の階段に宮中を天上界になぞらえて詠みました。「霜」は「天上で白く煌めく星々」をたとえたものです。
冴え冴えとした美しい冬の夜空を、見事に表現した歌です。

 

 
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