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「百人一首」39、40番の歌人は姓が「源」「平」です。
源平の合戦で出てくる姓ですね。

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どちらも天皇の血統です。
当時は一夫多妻制だったので、天皇の子供が数十人という事態になることがままあり、そのすべてを皇族にするわけにはいかなかったのです。
そこで別に「姓」を与えて臣下に下らせるという策が取られました。
「源氏」は清和天皇の血筋、「平氏」は桓武天皇の血筋です。

39.参議等(さんぎひとし)=源等

源等は嵯峨天皇の曾孫です。参議にまで出世します。
「葵祭(あおいまつり)」のときに牛車の御簾ごしにちらっと見ることができた、ある高貴な女性に向けての「忍ぶ恋」を詠んだ歌といわれます。葵祭は現在も続く上賀茂神社・下鴨神社のお祭りです。平安時代は祭りといえばこの「葵祭」を指しました。
 

浅茅生(あさぢふ)の 小野の篠原 しのぶれど
あまりてなどか 人の恋しき

【覚え方】あさぢうのあまり

背の低いチガヤの生えるのに、篠竹が茂っている。その寂しい「しの原」のように「しの」んでいるけれど、堪えきれなくなって溢れてしまう。
どうしてこんなにあなたが恋しいのだろうか。

この歌には本歌があります。いわゆる本歌取りの歌です。

本歌は古今和歌集の詠み人知らずの歌です。
浅茅生の 小野の篠原 しのぶとも 人知るらめや 言ふ人なしに
 (心の中に思いをしのばせていても、あの人は知ってくれるだろ
  うか? いや、だめだろう。伝えてくれる人がいなければ)

「浅茅生(あさぢふ)の」は小野にかかる枕詞です。
丈の低いチガヤの生える小野(野原)という意味になります。

秘めた情熱をチガヤの生える美しい野の風景に重ね合わせたところが、情感豊かですね。

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40.平兼盛(たいらのかねもり)


平兼盛は光孝天皇の子孫で、和歌だけでなく漢詩も堪能でした。三十六歌仙の一人です。

平兼盛(40番)と壬生の忠見(41番)の歌は、同じ歌合の席で詠んだ歌です。
「拾遺集」の詞書(ことばがき)によると、この歌は村上天皇主催の「天徳内裏歌合せ」に「恋」のお題で歌を出すように命じられたときの対戦の歌です。
歌合せは左右のチームに分かれて、どちらの歌がよかったか判定されるというものです。
他にも「霞」「柳」「桜」などお題が決められていて、最後が「恋」の歌の対戦でした。

忍れど 色に出にけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで

【覚え方】忍(しのぶ)ものや

そっと忍んで胸に隠してきたけれど、顔に出てしまったよ。
「物思いしているのでしょう。恋でもしているのですか?」と人に聞かれてしまうほどにね。

「忍ぶ恋」の歌ですね。
「色」とはここでは顔の表情のことです。
恋心を素直に表しつつ会話文を入れて最後に「倒置法」を使うという斬新な技術を用いています。
倒置法は、当時最新の技巧でした。

この歌対決の軍配は、平兼盛に上がりました。
勝者です。
しかし、この2首はどちらも甲乙つけがたく、判定の左大臣・藤原実頼が村上天皇に窺いをたて、天皇がこちらの歌を口ずさんだから決まったといわれています。

 
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