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平安時代は身分の低い人でも歌の才能があれば、天皇主催の歌合(うたあわせ)に呼ばれることが多くありました。当時の学問であった漢学は大学で学ぶ必要があったので費用とある程度の身分が必要ですが、歌は実力の世界です。

文屋康秀などはその典型でした。生まれも身分も低くとも天皇や親王の歌合に度々呼ばれ小野小町、在原業平などの一流の歌人と交流を深めることができました文屋朝康は、その文屋康秀の息子です。

37.文屋朝康(ふんやのあさやす)

文屋朝康は身分の低い役人でしたが、父の康秀と同じようによく宮中の歌合に出席しました。
是貞親王や醍醐天皇の歌合に呼ばれることが多かったです。

 

白露に 風の吹きしく 秋の野は
つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける

【覚え方】白露につらぬく

白露に風がしきりに吹きつけている秋の野原は、ひもで止めていない水晶の珠がこぼれ散って舞っているようだよ。

「露」はしばしば「玉」にたとえられ、漢詩では「真珠」として歌われます。
一面の秋の野に白露が風にきらめいて揺れ散り乱れるようすを、「(糸で)つらぬきとめぬ」とたとえています。
比喩を用い繊細で美しい歌です。
強い風に飛ばされた「露」の一瞬をとらえた感性が、素晴らしいですね。

 

父の文屋康秀は六歌仙の一人です。技巧を凝らす歌風で知られています。↓

 

38.右近(うこん)

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右近少将藤原季縄(すえなわ)の娘です。
父の役職名により「右近」とよばれます。
醍醐天皇の皇后・穏子に仕え、「大和物語」にその恋物語か書かれています。
この歌は、一時は愛を誓った相手の足が遠のいて、なかなか来なくなったことを恨んで詠んだ歌です。
歌を詠んだ相手は藤原朝忠(44番)です。

 

忘らるる 身をば思わず 誓ひてし
人の命の 惜しくもあるかな

【覚え方】忘らるる人の命

あなたに忘れられてしまう私の身は大丈夫。誓いを破っていないから。約束を破ったせいで、あなたの命がなくなってしまうことが、惜しいのよ。

 

自分を裏切って他の女性のところへ通う恋人に対して、なお神罰が当たらないか心配して詠んだ歌でしょうか。
それとも、「罰が当たって早死にするわよ」と皮肉たっぷりに詠んだ歌でしょうか。
どちらともとれる歌ですが、強い情念を感じる歌です。

詠んだときのシチュエーションによるでしょうね。
歌合のような遊びの中で詠んでいたら、そういう想いに浸ったふりをして詠んだともとれます。
恋多き女性で、元吉親王(20)、藤原敦忠(43番)とも恋仲の時期がありました。

 

恋人の一人、元吉親王の歌はこちらです。元吉親王は陽成院(13番)の息子ですよ♪↓

 


現代女性なら後者の想いで詠んだと言われるほうが、しっくりくるのではないでしょうか。(私はそう思うのですが)(・。・;
平安時代の宮廷の女官は才女揃いですから、案外しっかりしてそうですよ。

 
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