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中納言兼輔=藤原兼輔(ふじわらのかねすけ)

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藤原兼輔は従兄の藤原定方(26番)と共に平安初期の歌壇の中心人物でした。
紫式部(57番)の曾祖父です。
三十六歌仙の一人。

また、「古今和歌集」を編纂した紀貫之(きのつらゆき)(35番)凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)(29)番をバックアップしたことでも知られます。

みかの原 わきて流るる いづみ川
いつ見きとてか 恋しかるらむ

【覚え方】みかのいつ?

みかの原をふたつに分けて、沸き出て流れている泉川よ。その名の通り「いつ見」たわけでも会ったこともないけれど、こんなにも君のことが恋しいんだ。

「みかの原」は京都の奈良近くの木津川沿いのエリアです。
「分ける」と「湧ける」「泉」と「いつみ」が掛詞になっています。「わき」は「泉」の縁語です。たくさんの技巧が使われた歌です。

会ったこともない女性に恋をしている歌ですね。
一説には、従兄・定方の妻の妹を想った歌とされています。
定方が見添めた女性はきっと素晴らしいし、その妹なのだからやっぱり素敵な人だろうってことでしょうか。
噂だけで判断しています。
「源氏物語」の宇治十帖で、薫と匂宮が大君・中の君の姉妹を見初めるのを思い出しました。
もう一人のヒロイン・浮舟も姉妹でしたね。

知らない相手にワクワク胸をときめかせるというのは、平安ならではの恋の楽しみ方なのでしょう。

源宗干朝臣(みなもとのむねゆきあそん)

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源宗干光孝天皇(15番)の孫でが、「源」の姓を賜り臣下に下りました。父の是貞天皇は光孝天皇の第一皇子でしたが、その弟が宇多天皇として即位してしまったためです。
三十六歌仙の一人で、紀貫之(35番)と付き合いがありました。
皇族の血を引きますが出世に恵まれず、不遇な日々を過ごしたようです。「大和物語」の中にも、わが身を嘆いた寒々しい歌を残しています。

山里は 冬ぞ寂しき まさりける
人目も草も かれぬと思へば

【覚え方】山里は人目(がある)

山里は冬になるとよりいっそうさびしさが増すようだ。訪れてくれる人もなくなってしまうし、草木も枯れてしまうんだからな。

久方ぶりの「冬の歌」です。
歌人としての教養は高い人で、この歌は「本歌取り」です。
父の是貞親王の歌合のときに、藤原興和が詠んだこの歌がもとの一首です。

「秋くれば 虫とともにぞ なかれぬる 人も草葉も かれぬと思へば」

興和の本歌は「秋」を詠んだものですが、こちらは「冬」でいっそう寒々しさを感じます。
「冬ぞ」の「ぞ」の強意が効いていますね。
人も草もいなくなった(来ない)という意味で「離れ」と「枯れ」を掛けています。「思へば」は倒置法ですね。

冬の孤独、寒さがしみじみと伝わる一首です。

 
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