この記事を読むのに必要な時間は約 4 分です。

最近、若者の恋愛離れが増えているそうです。
今や「草食男子」だけでなく「絶食男子」(???)なんて言葉もあるそうですね。

スポンサーリンク

まあ、私なんて昔も今も恋愛なんて自分の時間が取られてめんどくさいだけと思っているので、自分でもなんで結婚したのかわからないぐらいなんですが。

ここで紹介する2人の歌人は、私などにはまったく理解不能な、
恋多すぎの人生を送った人です。
それでは、みていきましょう。

19.伊勢

宇多天皇の中宮・温子に仕えた女官です。
父の守藤原継蔭が伊勢守(いせのもり)だったため、「伊勢」とよばれます。
古今集の代表的歌人です。
三十六歌仙の一人。


中宮・温子の兄・藤原の仲平と恋仲になり、その後破局。
その後、仲平の兄の時平と恋仲になり、宇多天皇にも見初められ皇子を生みます。
宇多天皇が亡くなった後には、宇多天皇の息子・敦慶親王とも恋仲になって、今度は娘を生みます。
なんか身近な所で手あたり次第って感じですね。
でも、この時代、よくあることです。(笑)

難波潟(なにはがた) 短き葦(あし)の ふしの間も
逢はでこの世を すぐしてよとや

【覚え方】 難波潟の泡で

難波潟に生える葦の茎にある短い節。
そのこれ以上ないくらい短い一瞬でさえ、
あなたに会わずに生きていくなんてできないわ

「難波潟」は大阪市付近の海辺で、当時は葦(あし)の名所とされていました。
葦の「短い節」と「ほんの短い時間」しか会えないことを掛けています。

スポンサーリンク

情熱の歌人といえば、和泉式部を思い浮べる人も多いでしょうけど、
この人もなかなかですね。
その多感さが、優れた歌を生み出す原動力になったのでしょう。

20.元吉親王(もとよししんのう)

元吉親王陽成院(13番)の第一皇子です。
陽成天皇が院になった後で生まれたため、臣下に下りました。
好色で風流な人として有名で「ひとよめぐりの君」ともよばれていました。
「大和物語」にも登場します。
この歌は、宇多天皇の愛妃・京極御息所に詠んだものです。
京極御息所は、当代きっての美女といわれていました。
詫びぬれば 今はた同じ 難波なる
身をつくしても 逢はむとぞ思ふ

【覚え方】 詫びて身をつくす

こうなったらもう、何をしても同じこと。
難波にある「澪標(みおつくし)」のように、「身を尽くして」でもあなたにお会いしたいと思っています。

難波は現在の大阪市。
「澪標(みおつくし)」と「身を尽くし」が掛詞になっています。
澪標は海にたてられた船用の標識です。
激情型だなあ。
この歌のようにこの人と決めたら、ガンガン攻めるタイプだったのでしょう。

京極御息所との恋は、結局露見し、元吉親王は謹慎させられます。
でも、多分懲りてなかったでしょうね。

 
「百人一首」全首の詳細はこちらから(´▽`)♪↓

「百人一首」まとめ記事~全首の意味・覚え方とおすすめ参考文献!


 

スポンサーリンク