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こんにちは、このかです。
 
今日は、松芭蕉の『奥の細道』の最後の句(結句)について、お伝えします。
 
芭蕉は、1689年(元禄2年)3月に江戸を出発し、『奥の細道』の東北の旅に出ました。そして、その旅のゴールは、岐阜県の大垣です!
 
3月から8月、約150日間もの長旅でしたよ。
 
そこで彼は、前もって出迎えに来ていた、たくさんの弟子たちに大歓迎されます。
 
さすが、人気ものですね!
 
今回は、『奥の細道』の終着地、大垣での芭蕉の様子と結句(俳句)をお伝えします。

 

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『奥の細道』旅のフィナーレは岐阜県の「大垣」!

 

 
今回の旅のゴールは、美濃国(岐阜県)の「大垣」です。
 
ついに、芭蕉が旅の終着地に着くという知らせをうけとった、蕉風グループの多くの門人たちは、喜び勇んで美濃国(岐阜県)大垣に迎えに行きました。
 
敦賀の港には、まず「露通(ろつう)」が迎えに来ていました。
 
露通は、この『奥の細道』の旅の道連れ候補だった人なのです。彼は、素晴らしい俳句を作る人なんですけど、めっちゃいい加減な性格をしていたのです。
 
それで、彼にはマネージャー役はとても務まらないだろうということで、しっかり者の曾良に決まったのでした。
 
その曾良は、この旅の途中、山中温泉でお腹を壊して、芭蕉と別れてしまいます。養生するため、一足先に伊勢の親類のもとに行ったのでした。
 
 
曾良と別れるとき、芭蕉はすっかり落ち込んで心細い思いをしたようですよ。
そのときの様子は、こちらの記事にお伝えしています。
 ↓
 
『奥の細道』芭蕉の旅の道連れ・河合曾良は、○○でリタイアした!
 
 
 
芭蕉は、露通と共にそのまま大垣に着き、元大垣藩士の武士で、もう隠居している門人「如行(じょこう)」の家に温かく迎えられます。
 
本当に、全国各地に門人や芭蕉ファンがいたとわかりますね~。
 
さすが、有名人です♪

 

曾良も大垣で待っていました!

 

 
山中温泉で腹痛のため衰弱してしまった曾良は、芭蕉と別れて療養するために伊勢に向かいました。芭蕉の足手まといになってはいけないので、伊勢の縁者の所へ行ってゆっくり体を治すことにしたのです。
 
芭蕉がとうとうゴールすると聞いた「曾良(そら)」は、伊勢から大垣へやって来て、待っていたのでした。
 
 
さらに、門人の「越人(えつじん)」も、馬を走らせて会いに来ました。
 
 
次々とお祝いに門人たちが駆けつけます。
 
芭蕉は、そのときの様子を、「まるで生き返った人間でもあるかのように」、みんな再会を喜んでくれたと記しています。
 
 
うれしかったでしょうね~♪
 
 
このときの雰囲気から、蕉風グループの温かさと団結力が、伝わります。
 
これも芭蕉の人徳でしょうか。

 
 

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【結句】蛤のふたみにわかれ行秋ぞ

 

 
大垣で数日過ごすと、芭蕉は、もう次の旅に出ますよ。
 
10日に行われる伊勢神宮の遷座式に間に合うようにと、9月6日、再び舟に乗ったのでした。
 
 
そして、ここで、この旅の最後の一句(結句)を詠みます。
 
 
蛤(はまぐり)の ふたみにわかれ 行(ゆく)秋ぞ
 
 
(伊勢のハマグリの「ふた」と「み」がなかなか切り離せないような、離れがたい思いを振り切って、私はこの懐かしい人々に別れを告げ、二見浦のほうに向かって、新たな旅の一歩を踏み出す。秋が行き、冬に向かうこの時節に。)
 
 
ハマグリの「蓋と身」向かう伊勢の「二見ヶ浦」(地名)を掛けていますね。
 
あとは、この結句の「行秋ぞ(ゆく秋ぞ)」と、旅の始めの旅立ちの句「行春や(ゆく春や)」を呼応させています。春に旅立ち秋に旅が終わったと、強調させているとわかりますよ。
 
こちらでも、紹介しています。
 ↓
俳句・秋の季語「動物・鳥・虫」を使った俳句を20個紹介
 
 
呼応させているという「旅立ちの句」は、これです。
 ↓
行春や 鳥啼魚の 目は泪
(ゆくはるや とりなきうをの、めはなみだ)
 
 
 
そして、松尾芭蕉はこの結句を、西行の次の和歌を意識して作ったのは、明らかだと思われます。
 
 
今ぞ知る 二見の浦の はまぐりを 貝あはせてと おほふなりけり
 
(by西行)
 

 

おわりに


 
『奥の細道』の最後の地・大垣に、芭蕉は15日間ほど滞在したようです。
 
そこでたくさんの門人たちに祝福され、また、次の旅に出たのでした。
 
奥州路の旅は終わりましたが、これからも芭蕉の「旅を住処(すみか)」とする日々は、続くのですねー♪

 
 
 
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