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今回は、西行法師の第二弾をお届けします。
 
23歳で、約束されたエリートコースを捨て去って、流浪の歌人となった西行の生い立ちやエピソードは、こちらの記事でお伝えしています。
ご一緒にどうぞ♪(*’▽’)↓

 
「西行法師」の生き様が超絶クールなわけ!花と月と放浪の歌人
 
 
西行は、平安末期、鎌倉時代の幕開けという激動の時代に生きた歌人です。
奥州藤原氏の藤原秀衡と親類で、源頼朝にも会っています。
 
藤原定家の父・俊成と同世代で、平清盛とは武人時代(北面の武士)の同僚でした。
 
今回は、そんな西行が、旅の途中に詠んだ和歌を中心に、お伝えします。

 

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私の好きな西行の名歌

 

 
西行は、花(桜)と月をこよなく愛した歌人です。
 
その作風は、自然や心情をありのまま歌に詠む、印象の強い歌が多いです。
そして、なぜだかネガティブな心情描写が多くてよいです。
 
「つまづいたっていいじゃないか だって人間だもの」(相田みつを)
って感じですよー。
 
西行の和歌を集めたものが『山家集』(さんかしゅう)と呼ばれる歌集です。
 
この歌集には、西行が旅の中で詠んだ1500首ほどの和歌が収められています。
これらの和歌は、「春」「夏」「秋」「冬」「恋」「雑」の6種類に、分かりやすくグループ分けされています。

 

旅の寂しさを詠んだ歌

 
当時の和歌は、藤原定家の時代なので、幽玄の美を追い求めるのが主流でした。
 
雅な言葉で装飾した表現が好んで詠まれたのです。
 
そんな中で、心情を素直に吐き出すような、ダイナミックな自然の美をそのまま素朴に言葉にするような西行の和歌は、異端ともいえるものでした。
 
山の奥で独りっきりの寂しさを詠んだ歌が多いですが、その寂しさを味わっているのではないかなとも思えてきます。
 
ここに、そんな和歌を集めてみました。

 
 
●「いつの間に 長き眠りの夢さめて 驚くことの あらんとすらむ」
 
いつになれば長い迷いから覚めて、何事にも動じない心を持つことができるのだろう。
 
●「世の中を捨てて 捨てえぬ心地して 都はなれぬ 我が身なりけり」
 
世の中を捨てたはずなのに、都の思い出が煩悩となって私から離れないなあ。
 
●「常よりも心細くぞ思ほゆる 旅の空にて 年の暮れぬる」
 
いつもの年より心細く感じるなぁ。旅の空の下で年が暮れていくよ。
 
●「心をば 深き紅葉の色に そめて別れ ゆくや散るに なるらむ」
 
私の心を深紅の紅葉の色に染めて別れよう。散るとはそういうことなのだなあ。
 
●「水の音は びしき庵の 友なれや 峰の嵐の 絶え間絶え間に」
 
峰から吹き付ける強風の中に、時々聞こえる川の音は寂しい庵の友なのだ。

 

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「月」を詠んだ西行の和歌

 

 

 
★「なげけとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな」
 
嘆きなさいと、月が私に物思いをさせるのだろうか。いや、そんなことはない。
それなのに、すべて月のせいだといわんばかりに、こぼれ落ちてゆく涙だよ。
※この歌は、「百人一首」86番に収められています。
 
●「ゆくへなく 月に心の すみすみて 果てはいかに かならんとすらん」
 
どこまでも月に心が澄んでいき、この果てに私の心はどうなってしまうのだろう。
 
●「荒れ渡る 草の庵に 洩る月を 袖にうつして ながめつるかな」
 
荒れ果てたこの草庵に差し込む月光を、袖に映して眺めているよ。
 
●「ひとり住む 庵に月の さしこずは なにか山辺の 友にならまし」
 
独り寂しく住む庵に差す月の光は、まるで山里の友のようだ。
 

「花」を詠んだ西行の和歌

 
桜は、日本人の心情に訴える特別な花です。
1300年以上前から、日本の特別な花でした。
 
そんな桜を、西行法師も、心から愛します。
 
『山家集』に収められている「春」の歌は170首ありますが、なんとその中の103首が「桜」の歌です。
 
西行は、桜の歌枕でもある吉野に、3年間、庵を結んで暮らしています。
吉野は山全体が桜おおわれるソメイヨシノの里です。
吉野には、10万本の桜の木があるといわれます。
 
そんな桜を詠んだ歌を、ご紹介します。

 
 

 
●「花見れば そのいはれとは なけれども 心のうちぞ 苦しかりける」
 
桜の花を見ると、訳もなく胸の奥が苦しくなるものだ。
 
●「春ごとの 花に心を なぐさめて 六十(むそぢ)あまり の年を経にける」
 
思えば60年余り、春ごとに桜に心を慰められてきたんだなぁ。
 
●「花に染む 心のいかで 残りけん 捨て果ててき と思ふわが身に」
 
この世への執着を全て捨てたはずなのに、なぜにこんなにも桜の花に心奪われるのだろう。
 
●「なにとなく 春になりぬと 聞く日より 心にかかる み吉野の山」
春になったと聞いた日から、なんとなく、心にかかる吉野山である。
 
●「吉野山 花の散りにし 木の下に とめし心は われを待つらむ」
 
吉野山の散った桜の下に私の心は奪われたままだ。あの桜は今年も私を待っているのだろう。
 
 
※西行は亡くなる10数年ほど前に、遺言ともいえる有名な歌を詠んでいます。
それがこの和歌です。↓
 
★「願はくは 花のもとにて 春死なむ その如月の 望月の頃」
 
願える事なら、満開の桜の下で春に逝きたいものだなあ。2月15日頃に。
 
 
「如月の望月」というのは、お釈迦様の命日2月15日のことです。
 
そして、西行が西方浄土へ旅立ったのは、1190年2月16日、河内の国の弘川寺にてでした。

おわりに


 
西行法師を偲んだ歌碑は、日本全国に146基も建てられています。
 
約500年後に活躍する俳人・松尾芭蕉は、西行の作品や生き方を敬慕して、旅に生きた人です。
 
他にも、後世多くの歌人や俳人、茶人たちに、西行の作品や人生は大きな影響を与えました。
 
吉野は、山深すぎて、私はなかなか行く気にはなれないのですが、晩年、彼が過ごした嵯峨野も、わびさびを感じられる素敵なところですよ。
 
こちらは、季節を問わず訪ねやすいので、おススメです。(´・ω・)

 
「西行法師」の生き様が超絶クールなわけ!花と月と放浪の歌人
 

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